足立区の歴史(東京ふるさと文庫)より

 こんな悲しい物語は有りません。 そのまま転載しますと『宮城の宰相に足立姫という美しい娘があった。豊嶋氏へ嫁入りしたが不縁となり、里帰りの途中、現在の隅田川の浅間ヶ淵に侍女十二人と共に身を投じた。

 父宰相は娘の霊をとむらうために諸国行脚に出、紀伊国熊野で霊木を得て熊野灘に投げ入れ、その霊木が紀伊国沼田川に漂着した。通りかかった行基菩薩がその話を聞き、足立姫の霊をなぐさめるために六体の阿弥陀像を刻み、亀戸・下谷・田端・豊島・本郷などの六ケ寺に納め、余木でもう一体刻んだのが性翁寺の木余り如来(都重要文化財)であるという。』

 仏教説話でありながら合計七体の阿弥陀如来像を刻んだ行基様、七体が福を呼ことを暗に云っているようです。