『青銅の神の足跡』 谷川健一著
その中に、新撰姓氏録逸文に阿智王が本国の乱を避け母や妻子のほか、『七姓』の漢人を率いて帰化したと記されてます。
また、日本書記によれば阿智使主(王)は雄略14年に身狭村主(みせのすぐり)
みせという名の郷の長その村の長の『青』という人を呉の国につかわして織物の技術者たちを連れてこさせたと有ります。
この地は現在の奈良県橿原市見瀬にあります。
またこの地は『軽部』刃物を扱う部民の地であつたといいます。
またこの地の農夫は『鉄屑』が出て困ったといわれてました。
更に不思議なことに、青といえば武蔵国賀美郡の式内社に
①今城青八坂稲美神社
②今木青八坂稲美荒御魂神社
③今城青八坂稲美池上神社
これも人名を織り込んだ神社名だと思います。 周りには
鍛冶に因む地名があり、現在地は埼玉県児玉郡です
阿智王は、七氏族を引き連れて帰化したのでなく、
優秀さを強調するように『七姓』という言葉で表わし記録に
残したと解釈出来ます。
さて、鋳物造りの町埼玉県川口市にある『青木』の地名はとても偶然とは思えません。