『播磨国風土記』は数少ない残った風土記(和銅6年~)の一つで
現存するのは、三条西家に伝来した古写本があります。
その中に次ような文章(谷川健一著青銅の神の足跡から転載)があります。
道主日女命(みちぬしひめのみこと)が、父なし子を生んだ。
盟酒(うけいさけ)を作るために、町七町に稲を植えたところが、
七日七夜の間に稲が実った。
酒を造り、諸神を集めて、宴会を開いた。
道主日女命の子は、天目一命(あめのまひとつのみこと)に
酒をささげた。そこでその子の父親が、天目一命であることが分かった。
そののち、田が荒れたので、荒田の村と名づけた。
『七』を配置し、起ったことの不思議さを強調するように、『七』が2度使われています。
風土記の特徴は、土地の古老に聞いた話をそのまま載せたことにあるといわれてます。 とすれば、この時代の庶民の間にも『七』を縁起のよい数詞とする伝承が、広っていたことがうかがえます。
因みに、酒を造る場合の麹菌(こうじきん)のことを、神立(かむたち)と呼んでいたいう説もあります。