今年に入ってから本当に本性が隠しきれなくなってる方がふえました。
そしてまた今日も1人フォロー外してしまいました。
コロナ禍以降分断されちゃったなと感じています。
(ワクの事など)
私は自分の気の弱さとアレルギー持ちのため、躊躇しました。
大丈夫という自信がなかったから。
けれど針のむしろのような日々を過ごしてきました。
強さではありません。
本当に自信が持てなかったから。それだけの事です。必要最低限言わなくてはならないところには言いましたがあとは、仕事や買い出し以外本当に引きこもり生活を続けました。
移すかもしれない不安と移されるかもしれない不安抱えてまで遊びたいと思えず、家にいる時間を大切にひっそりと生活してきました。
けれども母親の介護始まったり、両親ともにコロナ感染したり、そして母を見送り・・・体も心も忙しくヘロヘロになりながら生きてきました。
その間にブログを読ませて頂くことも息抜きや知らない情報の収集の1つになっていて、いろんな悩み、苦しみ、そして楽しみ、または注意換気、備蓄、政治についてなどなど。
私の心の中で散らかっていたものを整理することが出来てきました。
今日。とある方が
嫁姑問題を蔑むような文言を出して、今のアメリカやイランの問題を書いておられました。
そりゃ、大きな、大きすぎる問題で、生活にも日常にもどんどん影響が出てくる恐怖にふるえています。
ですが、
嫁姑問題も当事者からしたらとてもとても大きな悩みであったりもするのてす。かつて私も同居で経験ありますが、日常を穏やかな心で過ごすことにパワーも使いましたし、気も使いました。ぶつかることもありました。
そんな最中にテレビで得た情報で気にはなっても、今目の前の姑さんの方が大変だったりするのも実情です。
くだらない??
みんな置かれている状況が違います。
確かに平和でお花畑の方もいます。
でも何かしらあるんですよ。
言うか言わないだけで生きていると。
1人1人が問題意識持つことは大切なのもわかります。
けれど、あれは良くないこれは良くない、否定ばかりされてます。
否定するだけなら簡単に誰でも出来ますよね。
備蓄も実際問題限度もあるんです。
スペースの問題。家族の無理解。
これをクリアするのが難しい。
それでも可能な範囲で頑張っていますが、1人の頑張りでは家族すら守れない。それも悲しい私の現実です。
それでもやれる事だけでもの心で、日々を慈しみながら過ごしていきたいと思うこの頃です。
なんだか支離滅裂な心の声を書かせて頂きました。