その後、
母大腿骨の骨折。
もう歩けないと思ったけれど、家に帰りたい一心で痛いリハビリを耐え、小さくなった体で杖を使いながら歩けるまでに回復出来ました。
その時で80歳オーバーです。
本当になんて強い母なのだろうと・・・
義妹も「もう無理やと思ってた。おばあちゃん(母)すごい!!」
と誰もがそう思いました。
「あはは、わたしゃ負けへんで~!帰って来たで~」
あの時の笑顔今も覚えています。
そうなってもパチンコに行き続ける父。もちろん何もしません。
それは想定内でした。
ただ、モラハラが少しでも減るかなとそういう期待はありました。
ですが結果的にスムーズに出来ない母を怒鳴り付けるだけでした。
お風呂は私が一緒について少しの介助が必要になり、徐々にそこから痴呆と子供返りが進んでいきました。
自分の中で沢山の葛藤を抱えつつも父が「あほ!」を母に浴びせる度に、葛藤してる場合ではなくなり、ありのままの母を受け入れるようになっていけました。
そんな中、元々しつこい性格の父から事細かに何かにつけて「これなんや」とちょっと見ればわかるレベルのことも事細かに聞いてきたり、説明を求められるようになりました。
母の用事などをしていて手を止めて対応するのが何よりの苦痛でした。
お山の大将なので自分がほったらかしになると「これなんや」の一言で全てを中断させてしまう癖がさらにエスカレートしていきました。
例えば郵便の中にサプリメントの案内が入っていても「これなんや」と呼びつけ、「知らん、ただの案内やろ」「なんでくるんや」「買ってほしいからやろ」「お前前に頼んだんか」「お父さんの名前で来てるやんか。私は知らんよ」「なんで来るんや」「だから、買ってほしいからやろ、出した人に聞いて、私知らん」
とまぁ、1つ1つにこんなやり取りがいてる間追求されます。
母に何かと手がかかる中でとてもそれはしんどかったでした。