私は子供のころからテレビで見る芸能人が好きでした。
高校生になる前後から自分の小遣いでレコードを買う。
ラジオの公開番組を見に行く。などしてました。
やがて小遣いで舞台を見に行く。
コンサートに行くようになりました。
ところが両親はそれが嫌いです。
特に母はお金は貯金するものだと…。
18歳で社会人になり、働いた給料の中から生活費を家に入れ、わずかな小遣いをもらい、残りは貯金に回されました。
そのわずかな小遣いでコンサートに行く。舞台を見に行く。
嘘をついて出かけてもばれるのです。
ハンドバックの中の半券です。
チケットの半券です。
そのようなものにお金を使うことを母は嫌がりました。
したがってほかのファンの人のようにあっちこっち行かれませんでした。
私の従兄が芸能人だったのに、母の弟がフジテレビにいたのにです。
母が半ば強制的に私の給料から貯金をしたので、私は結婚式のお金も、新婚旅行のお金も親には頼りませんでした。
そうなんですよ。
弟も自分の貯金で結婚式を挙げました。
私は相手の両親が良い両親で結婚式は端数のお金だけ負担しました。
端数と言っても相当な金額でした。
結婚式場は両親が互助会に入っていたので、その関係の式場でした。
ほとんど主人の両親と私の母が決めてしまい、つまらない結婚式でした。
料理も引き出物のそうです。
なおかつ鈴木家のカラオケ大会のような式でした。
無理やり貯金させられ貯金があったから結近式も出来て、新婚旅行も行けたことには感謝しています。
32歳で親元を離れて自由の身になったのですが、母はこっそり私と主人の留守に私たちの家に来ていたようです。
鍵もないのにです。
様子を見て留守だとわかると庭の草をむしって帰ったようです。
私が43歳で母が70歳で同居を始めました。
70歳で働けなくなった母です。
同居をしたら再び母は干渉するようになりました。
推し活を嫌います。
母はクミコさんまでは認識してました。
クミコさんもテレビに出るようになったからです。
強行軍で行った3回の石巻。
夜行バスで行き帰りの大阪。
観光と称して夫婦で出かけました。
母はクミコさんまでは覚えています。
私が60歳前後で認知症になり、その後某師匠のファンになったことは知りません。
しかし今になって思えば生んでくれたことに感謝し、育ててくれたことには感謝しています。
少しばかりできる洋裁でワンピースを作ってくれました。
中学生の頃の家庭科のブラウスをほとんど母が縫ってしまい、先生にばれました。
浴衣や一重のウールの着物も縫ってくれました。
今日は母の96歳の誕生日です。
あいにくの台風で雨ですがね。
明日は面会日です。
午後の1時15分から15分間です。
天気が回復しているといいですね。
あまりにひどいようなら特養に電話して行く日を変更しますね。
母が作る料理は美味しかったですね。
ハンバーグは習ってきたのでお店の味でした。
