父親がチャランぼらんでいい加減な人生を送ってきた。
自営業を2つもつぷし、サラリーマンも向かなかった。年中引っ越しばかりしていた。
おじさんの家に居候したら、母はていのいい家政婦代わりだった。
おじさんもうるさいので1年足らずでおじさんの家を出た。
中途半端な時に引っ越しをしたので、私は幼稚園にも保育園にもいかれなかった。
いきなり行った小学校では容姿が悪いことと、勉強が出来ないことでいじめに合うのだ。
父の仕事の関係で引っ越しをした。
当然のように転校をした。転校をしたら同じ様にいじめにあった。
容姿が悪いことと勉強が出来ないことはいじめの対象になるのだ。
中学校でも同じだった。
高校でも同じだった。
行きたかった和裁の専門学校も親に反対されて就職をした。
職場でもいじめに合うのだ。
陰湿ないじめは後をたたない。
二十歳の頃に親の反対を押し切って他所に行ったら、私のミスでミスを隠して嘘をついてそこをやめた。
自宅にいたが、家事を強いられるので、再び働いた。
どこでもいじめは無くならないのだ。
弟が22歳で結婚をした。
私も漠然と結婚したいと思った。
クッキングスクールに1年間通った。
通ったはいいが、家事を再び強いられるので、ハローワークで探してきた会社で働いた。
ここでもいじめに合うのだ。
何とか結婚したいと32歳でお見合いをした他人と結婚をした。
子供が欲しかった。
欲しかったが、出来なかった。
しかし子宝には恵まれなかった。晩年は母との同居や主人の病気などで入退院の繰り返しだった。
どこまでも不運は続くのだ。
私も40代の後半で更年期から別の病気になるのだ。
完治や寛解と言うことはないようなので、いまだに心療内科に通っています。
子供の頃からの心臓肥大や大人になってわかった不整脈などもあります。
おまけに未亡人という嫌な肩書きまで着きました。
まさか自分がこんなに生きるとは思ってもいなかったのです。
想定外ですね。
身の丈にあった暮らしを思うと、なかなか好きシャンソンは行かれなくなりました。
行くのはもっぱら料金の安い浪曲定席になりましたね。
