忙しくて、あちこちに気を回さなくちゃいけなくて、
ばぁちゃんの顔を見ても何の感情も湧いて来なかったのに
最後の最後のお別れの時やっとじっくり顔を見たら


ばぁちゃんにはもう触れない。

肉を持って会うこともない。


と思うと、自然と涙が出てきた。


胸がきゅぅ、と苦しかった。


お葬式は、その場にいる血のつながった人たちそれぞれの優しさ、思いやりで出来ていた。

小さな小さな空間の、小さなつながり。

ばぁちゃんの人がらのおかげで、こんな空間に出来たんだと思う。

いままで家族は生まれて初めての我慢を学ぶ場所だとおもってた。

小さな空間の中で、自分をいかに縛って上手くやっていくか。


それ以上のことなんて何もない。


でも血の暖かさ、ありがたさを身にしみて感じて、家族は愛を受け取ることが、与えることが、できる場所なんだとおもえた。

人のつながりのすばらしさを、優しさを、生まれて初めてのかんじた。


だから、家族がいることは、とても幸せなことで、誰かが死んでしまうのはこんなにさみしいんだ。




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