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また続きました

ここから現代ね。

結局、前の2つは更新しなかった。

分かりずらいけど、つまりはおととしの10月に、パニック障害だって診断されたって話。



少しずつ発作は減って、月1通院して去年の夏からは眠剤もあまり飲まなくなった。

2015になってから大きなパニック発作は2回かな?
満員電車でパニックなってホームに降りて、発作の薬飲んだら30分くらいでおさまった
あとは深夜に1度あった



医者いわく、そして自分でも薬から離脱出来ると思う。
今はおととしの10月から飲み始めた薬が最低量になってる

あとは2錠飲んでる薬のどちらかを減らしてみるかってところまで来ている。



まあ、1年半ほど経った今現在の結論は、パニック障害なった理由は分からないし、パニック障害と言われてもまだね、いまいちピンと来ない。

その病気は知っていたけど、パニック障害という取ってつけたような名前にいまいち信用も理解もなかったと思うの、俺。

けど自分がなって。

今は、確実に良くなったし、コントロール出来るようになったし、むしろコントロールなんて意識しなくても暮らせてる。

もうあの最悪なパニック状態は曖昧にしか思い出せないくらい。

ただ、確かにそういうもの、病気?があって、なおかつ自分に起こって、誰にでも起こりうることで、そして治ることも知った。

もしかしたら病院に行かなくても、薬を飲まなくても、自然となくなったかも知れないし、本当に今でも分からないんだけど、

自分を心の病気だとは思ってない。

今、通院しているメンタルクリニックの医者は、医者だし、あそこは病院で、薬を処方されるというのは病気なんだろうけど。

心じゃなく、体だと、思ってる。

だからなぜなったかなんて探らないし、骨折してるんですって先生の表現を割りとそのまま受け取って、俺なりに解釈している。

上手くは言えないけど、楽しいことをね、たくさんしたいと昔よりも思うの。
漠然と、だけど昔より確実にそう強く思って過ごしてる。

自分が良く出来るはずだと。

環境や状況も、心の持ちようじゃないけどさ、出来るはずだと、やってみようと思ってる。



将来はもちろん見えないとか言ってる俺。
正解者プレゼント


”なんだかなー”な俺。パプリカ入れる派


んで、この頃かな、薬で少し落ち着いて来た頃は。エンジョイってる



ネイトのこの、
”いつか対応出来る自分になれると信じる”、
って言葉。

本当ね、くさいけど魔法みたいに時々自分に言い聞かせてるんすよ。
本当救いになったの

地獄みたいな環境、状況にいる人に心の持ちようだ、なんて言うつもりはさらさらないけど、

俺今はね、希望みたいなものがあるの。

どうやって生きて行こうかって
その時こうなっていたいって

”なんとかなるさ”って、俺だったし、今でもそう思うし、嫌でも時間は過ぎるから実際そうなんだけど、

こうしたいって希望が、目標が、方針が、勇気みたいなもんになってる。
自信になってる
それはネイトが教えてくれたことで、その希望の中にはもちろんネイトがいる

あいつと生きていきたいって、書くとすげ大袈裟だけど、思ってる。

その為に、”なるようになる”、”なんとかなる”以外に、俺自身が出来ることがあるって言う手応えは、本当ね、希望なんだよ。
期待じゃなく、希望

希望って、すげポエチックで大袈裟に聞こえるけど、単語そのまま受け取ってね



広辞苑によると、

希望:
或る事を成就させようとねがい望むこと。また、その事柄。ねがい。のぞみ

期待:
心待ちに待つこと。将来その事が現実するだろうと待ちかまえること



このさ、2つの大きな違いは”待つ”って行動の有無でしょ。

今の俺の意識は、希望。
そっからの行動

それが俺の中で変わった。

優しくしたいとか
理解したいとか

まずはそうある為の自分自身を描くことで、未来は明るくなった。

やっぱり文字にすると恥ずかしいくらいに大袈裟だけどね。

今ね、生きていきたい未来のみたいなもんが出来たの。

将来は見えないとか言っていた約1年前の俺にはなかったもの。

それは一緒にいたい人とかじゃなく、まず自分自身だったりする。

なおかつ、そこにネイトがいて、俺はあいつにとって、こうで在れるだろうって。
あいつはこう在るだろうって

毎日とか、次の休みとか、この前の喧嘩の反省とか

そんな中にも、やっぱり、俺には希望がある。
と思う

ネイトといると本当に楽しいんだ。

俺の意識で、努力で、習慣で、あいつとの未来が叶うっていう希望があるの。

手答えがあるの。
勉強したい、こんな仕事がしたい、こうなりたいって。
そしてまだまだ自分は若くて、可能性がたくさんあって、叶えられることがたくさんあるんだって。

はじめて、こんなにハッキリ見れるよ、未来が
見えるんじゃなくて、見れる。

いい夢の途中で目が覚めて、続きが見たい!ってまた眠ったらまた見れたような、、そんな感覚。

漠然とした中に確かな目標がある。

やっぱり、やっぱりって、ドリカムの歌みたいに噛みしめることが出来る瞬間があるの、楽しいうれしいだいすきって

目標は勇気なるね。

なんか青春応援団みたいに熱く大袈裟なこと言ってる気もするけど、そういわけでもなく、

やっぱり俺の根本は俺のままで、

だけど本当の意味でポジティブになって、

とにかく毎日楽しく過ごしたいんだ。



そんでもってやっぱり、
上手くは言えないんだけど、

塩トマト味のガムはライチの味がします。
{19DB8556-F1B8-4729-9EC6-D3476264B342:01}しーゆー
東京は雪とかなにごと!さむいよぶるぶる
風邪ひくなよ!

続きました

んでね、さすがに俺やべーぞ、
ネイトと別れずに済んだけど、このままじゃまた同じこと繰り返す、
これは2人の問題じゃない、
俺の問題だ、
それをすり替えて八つ当たりすんな俺、と言い聞かせに言い聞かせを繰り返した。

てか、ネイトどうこうじゃなくて、まず自分のおかしさが怖かった。

だから俺の問題を、ネイトも一緒に解決しようとしてくれてる、
だから俺も真剣にならなくちゃって、思った。

小学生の作文みたいな文章ですまんね。





まず、妹と話したくなった。

仕事終わって、そのまま実家帰って、夕飯終わってドトみたいに転がってる妹に、ガリガリくん梨味渡して、その横に座って、

なにげなく、”あのさー”からはじめて、そのままバーッて話した。

この前の記事に書いたような、わけ分からんことだったと思う。

そのうち、気付いたらどんなに妹のことが好きかを泣きながら話してた。
号泣ね

0.5リットルは泣いてそうな勢いだったよ、俺。

自分でもさ、わけ分からないから、言ってる言葉に意味があるのかは分からないけど、色々言った。

妹が高校生になってからはじめて抱きついて来た。
抱きつくというか、抱きしめて来た。どうしたの?って

そりゃなるわな。
目の前でにいちゃんいかれてるんだから。
本当アタマクルクルパーよ

妹も泣くかなって思ったら、泣かずにわけ分からん話最後まで聞いてくれて、俺が落ちついた後に、死ぬのがこわいの?って聞いて来た。

そうじゃないけど今のこの状態がなんなのか分からないって答えたら、

妹が、わたしも心臓止まっても脳みそだけ生きてたい、心はどこいくんだろうって思う、意識がなくなったらわたしがいなくなっちゃうよね、けどいつか死ぬでしょ、それは怖いよね、だからそれが地獄なら、今は天国ってことだねって。

あまり難しい言い回ししないからこそ、かわいかったというか、やっぱり妹は妹だと思った。
年下で、女の子でって

何か解決したわけじゃないけど、スッキリはした、その瞬間は。



その次はあさみ。

数年前の俺の誕生日に整形して、なおかつバースデーボーイの俺に整形外科まで送り迎えさせたあの女ね。
1番ちかしい女友達

会える時間なかったから電話で話した。

というか、たまたまあさみから電話あって、くだらん話してたんだけど、そのついでに話した。

内容は、前の記事に書いたようなことと、妹とのこと。

今度は泣かずに冷静に話せた。

あさみは俺の話を聞き終わって一言。



”病んでんじゃん?”



いや、確かにそういうことだけども!
あさみさんよ!ちょいちょいあなた

でも、それだけだった。

あさみは、悪循環なるからわたしからはなんも言わないよって言った。

悩みを感染みたいに広めちゃだめだよ、吐き出したいなら聞くし、意見欲しいならするけど、わたしには手に負えないって。

あさみは、妹とのことを経て、冷静にさせてくれた。

このままほっといたらメンヘラなるから病院行きなよ、スパーって電話口で言われた。

メンヘラってなにさ
てかお前はいつ禁煙すんだ?





最後はネイト。

もう俺の状態は一番分かっている相手だから説明は要らなかったけど、妹とあさみのこと話した。

相槌しながらずっと聞いててくれた。

それで、病院行こうってことになった。

そんで(おととしの)10月の終わりに病院行ったのね。
いわゆるメンタルクリニック

持病で入院中。
ステロイドを大量に服用すると鬱になりやすいからって強制的にカウンセリング行かされたけど、自発的に行ったのは初めて

症状や精神状態を説明して、1時間くらい話をして、睡眠導入剤もらった。

けれどその夜からもっと酷くなった。

眠剤飲んだのに寝れないし、動悸がやばくて

気が狂う気がして怖くてじっとしてられなくて、息が出来なくて吐きまくった。

んで疲れ果てて眠りそうになるんだけど、意識を手放す恐怖で寝れないってのを2日間繰り返した。

これぞまさしく一睡もねれないってやつ。

もうやばい、理由はわかんないけど死ぬって思って、翌日仕事休んで違うメンタルクリニックに行った。

そこの先生は、まずとりあえず今ある症状に丸をつけて、と紙を渡して来た。

丸をつけたのは、

動悸
息切れ
息苦しくてえずく
ひどいとそのまま吐く、3日に1度
あくびが出来ない(途中で止まる)
軽いげっぷが止まらない
暑くないのに汗をかく
眠れないのに眠い
体の震え
腹痛、胃痛
脳がほわほわする(脳卒中だか脳梗塞だかで死ぬんじゃないかって思うくらい)
意識がなくなりそうになる

あとはとにかく何かに対する恐怖感、絶望感。

例えるならターミネーターで世界が滅亡するのを見たサラ・コナーみたいな感覚。

起こってはいないことが、これから起こるのを知ってるような恐怖と絶望。
つまりいつかは死ぬとかってことなのかな、わからないけど

じっとしてられなくて夜中外に出て、自分を落ち着かせようと歩きまくるんだけど、息苦しくなってくる。

なのに今、警察に呼び止められたらなんて説明しようとか考える、変に冷静な自分もいる。

その他にも色々あるんだけど、こんなことをバーッと話した。

そしたら、いわゆるパニックだよね?って医者に言われた。

その時ね、
本当にハッとするくらい、パニックって言葉が合ってるとおもった。

なんで今までその単語に辿り着かなかったんだろうってくらいまさしくその一言が合った。

あの状態は絶対に異常で、乱気流に飲み込まれたみたいな思考。
このまま死ぬ、気が狂うって恐怖感、息苦しさとか。

叫びたくなる感じ、息を吐くことも出来ない、叫んじゃうから。だから過呼吸みたいになってそのままゲロ吐く



そしたら、先生が、かなりの確率でパニック障害ですねって。

君は話した感じ、鬱病ではないと思うよ、ただ交感神経と副交感神経がうまく働かなくなっているって。
指先を触ったり、肩のリンパを揉んだりの触診もされた

俺、頭おかしいんですか?って真顔で聞いた。

さっぱりした感じの先生で、笑いながら、いやいや違うよ、例えるなら心だか脳だかが骨折してるんだよって。
俺も、はあ、と聞きながら笑う先生とは対照的に終始真顔だったと思う

心で感じるとか、頭で考えるとか、哲学は抜きにして医者の立場から言うと、自律神経の乱れだよって。

簡単に言うと、
体に頑張れ頑張れって指令を出す交感神経と
体に休め休めって指令を出す副交感神経がある

それが乱れて、副交感神経が働かなくなっていて、交感神経だけがガーッて上がってるって。

だから100m走を全速力で走ったような状態になるって。

けど本当には走ってはいないから、その不自然な状態に、体がパニックを、起こすって。

頭、脳みそも体の一部だからね、と言われた。

分かるような、分からないような。

だけどそれを聞いた時は、心がおかしいわけじゃないっていう安堵はあった。

昔、あきおみと3人で暮らしてた時にゆうが言っていた。

心は胸にあるわけじゃないって

それを思い出した。

とりあえずパニック障害の薬と、前のクリニックでもらったのとは別の眠剤をもらった。
あと、でかいパニック、つまり発作が起きた時の薬

とりあえず半年間続けましょう。
折れた心にギブスをしましょうって



その日から飲み始めた薬。

最初は効いてるのか分からなかった。

けど
発作時に飲む薬はすげー効果あった。

もうこのまま死ぬーみたいな状態の時に飲んで、30分もすれば、あれはなんだったんだ?ってくらいの開放感。

覚醒剤が切れた人が、薬打つとこんな感じなのかってくらい。
快感に近い
この例えは良くないけどさ

最近は、毎日飲む薬も効いているのか、発作は2週間に1度くらい。
それも小さいやつ

やっぱりたまにはつらいけど、自分の状態を知ったから、最悪なことまでは考えない。

前はね、死ぬー、みたいな恐怖に発狂して本当に死ぬんじゃないかってこともあった。

医者はパニック発作では死にません、自殺してしまうことが怖いですが、パニックでは死にませんから安心して下さいって言ってたけど、本当ね、死ぬってか”終わる”って思うの。

だから、お年寄りを見たり、クラシック映画観るだけで動悸や吐き気がするの。
死を連想させるから

まだ良くなったとは言えないし、いつでかいパニックが来るかと思うと怖いけど、最悪の状況は脱したと思う。

とりあえず通院は続けてるし、これからもそうするつもり。

久々の更新が重すぎですが、やっぱり俺は元気っす。

だから書けてる。

現代。
便りがあるのも元気な証拠。

ぐんない










って内容でした。

また長いから続く



iPhoneからの投稿

26歳になって

こんにちばんみ。

以下、去年の2月、つまり約1年前に書いたブログ。

今は27歳っす。
カッコ内で付け加えてるけど、それでもややこしいからサラッと読んで下さいっす。








風邪も治って、元気っす。

体は元気っす。

けど心がね、ほら、僕すごく繊細だから。硝子のように。
ぱりん



ほとんどブログ更新してなかった(おととしの)7月、8月、9月からのここしばらくの間。
すげー頭がおかしかったの。
こんな表現しか出来ないけど

悩みがあったわけじゃないし、ストレスがあったわけじゃないし。
仕事は相変わらずシットだけど
(マネージャーと喧嘩した店長の頃ね)


けどいきなり、本当にいきなり頭がおかしくなった。

例えるなら

宇宙の果てはどうなってるのよ!、とか
死んだ後はどうなるのよ!とか

そんなこと。あくまで例えね

自分自身じゃどうしようも出来ないことが、全部自分の肩にのしかかってるみたいな。

わけわからんでしょ。

だからこそ怖くて、本当に眠れなかった。
今思い返せば去年(おととし)の夏前から予兆はあったのかな。

自他共に認める楽天主義だし、ストレスだって溜めないと思ってたんだけど、これがいわゆる”苦悩”なのかって思ったくらい。

最初の症状は”落ち着かない”。

部屋にいる時、電車に乗ってる時、友達と飯食ってる時、ネイトといる時。

つまり状況はバラバラなんだけど、いきなり落ち着かなくなって、じっとしてられない。
うまく言えないけど、とにかく落ち着かないってことから始まった

そんでもって、だんだん眠れなくなった。

朝はね、ああ頑張ろう、とか思うの。

けど昼過ぎくらいから夜になるのが怖くて、夜は本当最悪ね。

ほぼネイトと一緒にいるから、あいつが寝ないように、なんか頑張っちゃってるのよ、俺。

別に面白くないゲーム勧めてみたり、見飽きたDVD引っ張りだしたり、huluでイギリスのドラマをシーズン1から見始めたり。

けど健全なネイトくんは1:00くらいにはそりゃ眠くなる。
次の日オフなら4:00くらいまで起きててくれるけど

んで、ネイトが寝たらね、もう本当に不安。
落ち着かない

最初のうちは、暇だーって音楽聴いたりDVD観て過ごしてた。

そして5:00くらいから眠くなって来て、うとうと寝出す。
もちろん毎日寝不足

けどそれさえもひとりじゃ出来なくなった。

寝てるネイトの横で、ただ天井見てるだけ。

そのまま朝になる。寝れない。

眠気はしっかりあるのに、うとうとして、目を閉じて、多分眠りに落ちた瞬間、ハッていきなり起きる。

まるで寝ちゃいけない、みたいに。

寝たら、意識を手放したら、”終わる”みたいな恐怖感。

それを何日も、何時間も繰り返してると、今度は夜中泣けて来て、

変な恐怖で声が出た。

初体験ね、これ(^∇^)

よく映画とかドラマで、殺人鬼やお化けに怯える人が、両手を震わせながらこめかみ辺りで”うわあああああああ”とか言うでしょ。
まさしくあれ

自分でも自分が、おかしいことが分かった。

本当は半年くらい前から自分のメンタルが少しおかしいことにも薄々気付いてたんだけど、気のせい気のせい、俺はそういうタイプじゃないしって押し殺して、自分に言い聞かせてた。

けどそれが秋口の前から出来なくなった。

その頃になると、もちろんネイトも夜の俺の異変に気付いてて、ふたりで話し合いはした。

ネイトは、持病の薬の影響?病気の不安?と色々聞いてくれたけど、自分でも理由が分からない。

分からないことが怖くて、考えれば考える程、今度は色んなことに不安や恐怖が飛び火するの。

それこそ、親父が死んだら?とかね。

すまん、勝手に殺して。長生きしろよ

けどそれだけじゃない、もっと壮大なことまで。
時間の概念や、魂とか、命とか、肉体とか。

気持ち悪いよね。
俺も俺が気持ち悪かった。

なんだこの脳みそ。
この思考はってどんどん深みにハマっていった。

(おととしの)10月頃が一番やばかったかな。
本当一日トータル2時間くらいしか寝れなくて、目がくぼんで、唇が息吸うだけでしみるみたいに痛い。

俺、鬱なのか?いやいや、鬱って簡単にならねーだろ。
けど案外あっさりなるんかな?そこら中にいるじゃねーか、とか自問自答。

やっぱり上手く説明は出来ないんだ。



ただね、ほんとに辛かったっす。

それを人に打ち明けるのが、これまた怖くてね。

俺の普段のキャラもあるからさ、言えないのよ。

最初に話せたのは、やっぱりネイトだった。

だけどやっぱり冗談半分にしか言えなくて、ネイトも真剣には聞いてくれるけど、俺の態度が軽いから重大とは捉えてなくて、

自業自得なのに、そんなネイトが俺からしたら悲しいやら不安やら怒りやらがごちゃ混ぜにこみ上げて、ヒステリーみたくなったと思う。

別れ話にもなった。

冷静になれば俺が悪いんだろうけど、ネイトに文句ばかり言ってた気がする。
当たり散らしてた
あいつがマイペース過ぎるのもあるけど

そうしたらまた、俺精神的におかしいんかな?ってまたぐるぐる。

朝になれば落ちつくのに、夜は全くもってダメ。
昼過ぎから不安で、夕方からおかしくなる

本格的におかしくなって俺がうなされたり、叫んだりするようになってネイトはすごく優しくなった。
優しくなったって薄っぺらい言い方だけど、本当にあいつが支えになった。

別れ話ふっかけても、どんなヒステリーな状態見せても、”今、みどりは精神的におかしいよ”って言わないでくれた。
話に付き合ってくれたのが嬉しかった。

自分でさえ分からないこの恐怖感とか不安感に、ひたすら付き合ってくれた。

夜中に何度も散歩に連れ出してくれたし、昼間離れてる時にあほなメールで笑わせたり、一緒に泣いたり、ゲロ拭いてくれたり、とにかくひたすら。



と、まあ。
分かり切ってはいたけど、よー分からんかった脳みその中を書いてみたら、よー分からん文章になりました。

長いので続きます。



iPhoneからの投稿

ほーむすいーとほーむ

やっぱり我が家が一番だね。

こんばんみ。

サンフランシスコからの帰りの空上は、太陽と一緒に進むからずっと、昼なの。

そのせいってわけじゃないけど、飛行機で一睡もしなかったから帰って文字通り爆睡。

両替が混んでて、疲れていたから並ぶの諦めて帰ったの。

んでコンビニ行ってドル札出した。
まんま時差ぼけで、ぽけぽけ過ごしたおととい、昨日。



ネイトが花くれた。
{5A1E5E19-92AE-458C-A802-DCC7A1940A5D:01}と、いうもの大学のあるプログラムに参加したんだけど、ディプロマをもらえるような割りとしっかりしたプログラムで。

真っ赤な薔薇は、俺が持つのはこっぱずかしいけど、なんかね、達成感といい意味の疲れが湧いた。

あとは、やっぱり語学力が足りないな、と思い知るよね。

俺はイタリアで2週間、語学留学しただけで。
しかもイタリア語のね

よく、どうやって英語を習ったの?と聞かれる。

答えようがない。

友達を作った、くらいしか。
昔の俺には想像も出来なかったくらい、使いこなせてる、自由に使えてる、と今は感じるの。

だけどそれは日常会話に限ったことで、ポンッと大学に放り込まれると、正しい文法も難しい単語も分からないままな自分で。
もっと勉強したいと思う。

ひとつのクラスで学生に向けてスピーチをさせてもらったの。
英語を第二言語として持つ者、って題で

まあ、なんとかスピーチを終えた後、普段は飲まないのに、アメリカンな雰囲気でペプシを飲んで緊張からの解放で、半放心していたら、プログラムの責任者の教授が来てくれた。

君はスーパーマーケットで働いている男の子のような話し方をする
って言われた。少し差別的な言い方だけど僕は差別主義者じゃないから誤解しないでくれ、と付け加えて

けれど、恥ずかしがらず、表現している
多くの日本人と関わってきたけど、日本人が英語を話せないのは”恥ずかしい”からなんだ
コンプレックスを克服したら、あとは水は浸透していくだけだよ、とそんな表現で、励ましてくれた。
それでもって、この先もしなにかあったら連絡しておいでって名刺をくれた。

ほんとね、コーラの缶を放り投げたいくらい嬉しいかった。ぷしゃーって



割りとネイトと出会うまで、
もしくはあきとニューヨークに行くまでは、

がんばることや真面目に何かに取り組むことは、俺らしくないってわざと斜に構えていたところがあるんだけど、

誰かに評価されるのは純粋にすげー嬉しい、今は。



サンフランシスコ滞在中にこんなことがあった。

ある日本の大学院生の団体と過ごす時間があったの。

彼らは毎年サンフランシスコに来ているから、1年ぶりに会う仲間や教授もいる。

久々の再会に盛り上がっていて、

サンフランシスコ在住のある日本人の女の子に、大学院生たちは、太ったねー、と口々に言う。
まあ、確かに太った子なんだけどね

それは悪い雰囲気でもなく、言われた子も、”アメリカにいて太らない方がおかしいよ、見てこの二の腕”とか言ってみんなで笑ってる。

その時、アメリカ人の男の子が、

男の子と言っても俺と同じか、少し上ね。

”どうして日本人は容姿の話ばかりするの?”って言った。

日本人たちは、挨拶だよ挨拶、元気そうだねって意味だよ、と笑って返す。

けどその男の子はすげー真剣なの。
むしろKYなくらい

そしてこう言う。

太った太ったって、そんなことばかり話していて、おかしいなって思う
それが挨拶なの?そのまま、元気そうでよかった、って言わないの?
そして自ら、笑われることが挨拶なの?
笑われたら、笑うしかないの?楽しいの?
僕はくだらないと思う
太ったね、なんて近状を聞いた後、肩を組んだ時に一言、言うくらいのことだよ

って。

みんなシーン。
俺もシーン。



けど、珍しいことでもない。
よくこんな場面に直面するんだよね。

日本的な恥じらいや、自虐や、茶化す行為が、アメリカ人やアメリカに来ている主に欧米人との間に温度差が出来て、しらける場面。

そして、しらけさせたことをいつまでも引きずって気を遣って場を盛り上げようとする日本人と、

相変わらずマイペースな彼らって図。

俺も日本人だからさ、欧米人のようにはなれないし、なる気もないんだけど、憧れる部分はたくさんある。

ネイトとの価値観の差や、すれ違いも、納得出来てしまうし、

日本人を一括りにしたり、日本人の国民性を否定する気はさらさらないけど、思っていることを思い通りに言えた時、話せた時、そしてそれが伝わった時、分かり合えた時。

その瞬間の気持ち良さはね、日本じゃ味わったことない、一度も。
そう感じた

それは社交辞令や建て前じゃなく、真剣に聞いてくれるって思えるから。
それ前提に会話が出来るの

というより、真剣に聞いてくれなくても、例え笑われてもいいってメンタルになる、何故か。
それだけ色んな人がいる。

日本で暮らして仕事していて、よくグローバル化って耳にするけど、その快感をここで得ることは難しいと感じちゃうよね。

けど日本の良さは十分にあって、その真ん中にぶら下がってる。

アメリカは疲れるって日本人とも話したし、
日本では二度と暮らしたくないって日本人もたくさんいた。

語学教育のプログラムも見学させてもらったんだけど、海外に行きたいと思う若い子達が、気軽に行ける方法や環境を提供しなきゃならないと大人はみんなが言っている。

けどその大人は、すげー勉強して海外に出て英語を習得した大人たちなんだよね。

そして、そのプログラムに参加している子供達の8割は帰国子女だったり、そもそも英語が出来る子たちなんだよね。

厳選された子供達。そして、そのプログラム参加料はクソ高い

高校時代の俺みたいな子供は行けるわけがない。

だからワーホリとか低価格で、大学ではなく、語学学校に留学する、そっちビジネスも見てみたいとは思った。

まあ、やっぱり、一番は俺はもう少し子供寄りの立場に留まって、勉強したいと思う。

あきおみは、本がだいすきだった。
勉強が好きだった

俺はやっと社会人になったのにまだ勉強したいのかよ、と思っていたんだよね、当時。

あきと今は会うことはないけど、アメリカ行くとさ、あきを思い出すよね。

今の俺はあきと別れた頃とは全然違う。

今の俺があきおみと話したら、すげー楽しいだろうなって飛行機乗ってても思う。

そんでもって、俺をそう変えてくれたネイトから真っ赤な薔薇もらって、俺に似合わねえよって自虐的に言って、ネイトはバカ真面目に、君は素晴らしいよ、とか言って来て、それがさらに自虐を加速させて、

ごろごろ我が家でくつろいでるのがね、

幸せっす。
{3CC0C8D2-479D-474E-9C58-8FAAB1C590BB:01}カステラ箱食いしちゃうほど。



新年度もよろしくおねがいします。

ぐんない
良い日曜日を



あ。お土産は持っていくの忘れて急きょ買ったリップクリーム
{2F0C638A-469B-4BA0-AC2E-67EE5650755F:01}なかなか良い

最後の昼餐

さらば、ファストフードの国{02990D10-EF54-4518-86BB-53A2609D8F9C:01}

{FAFBD7A5-84B4-4883-BE8C-41B3E38C0BAA:01}この子に乗って帰ります。

桜が満開らしいね。

急がねば、待ってておくれやす。

しーゆー