【龍アクセサリー専門 想シング】


を専門、メインとしたハンドメイドアクセサリーのショップです。日本の伝統工芸の一つである組紐を用いて龍のアクセサリー(主にブレスレット)を制作・販売しております。





*作品のご紹介*




白龍*ドラゴン&セラフィナイト

龍の組紐ブレスレット


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天帝より命を受け、地上に舞い降りた「白龍」をイメージした龍のブレスレットです。日本の伝統工芸の一つである「組紐」を用いて作成しました。






皆さんは「」と聞くと、どのような印象を想い浮かべますか?和柄や縁起物、タトゥーのデザイン、漫画やゲームに登場するファンタジーなキャラクターなど想い浮かべる印象は人それぞれ異なるでしょう。



また龍はよく見てみると「色」も様々です。青龍、赤龍、金龍、白龍、黒龍などカラフルに存在していることが伺えます。



龍がそれぞれ色を身に纏っているのは何かしら意味があるようです。例えば黒龍の場合その暗闇のような色が示すのか、黒龍は光が苦手で普段は日の光が届かない海底に身を潜ませており、月の光さえ指すことのない新月の夜になると海上に姿を現すそうです。



対して白色は神聖なイメージが強いためか、この色をもつ白龍は天帝という至高神に仕える聖なる龍とされており、天を駆け抜けるスピードはどの龍たちよりも速いと伝えられています。



どうやら龍の性格や特徴は自身が身に纏っている色がもつイメージや意味などが反映されているようです。



龍も纏うこの「」についてですが、色には心身に及ぼす力があると言われています。例えば火の色でもある赤色の服を着ると体温が上昇する、クールな印象の強い青は肉体の緊張を解いてリラックスさせる効果があるそうです。



またその時に選んだ色で現在の心理状態が分かることも。赤を選んだときはエネルギッシュな状態であり、青を選んだときは落ち着いている状態でもあるそうです。



龍にとって身に纏う色というのは人間に置き換えれば衣服のような一面があるのでしょうか。人の心理状態が着る服の色から影響を受けたり、その人の気持ちを現しているのと同じく、龍の心の状態も体の色で表現されているのかもしれませんね。




そんな色とりどりな龍たちですが、「そもそも龍とは一体何なのか」。疑問に想ったので調べてみたのですが、龍は神社では「龍神」として祀られてることもあれば仏教では「龍王」と言って仏法の守護神として存在しています。



運気の向上を計る風水では大地に流れるエネルギーである「気」を龍と呼んでおり、かつて中国では龍は「皇帝」の象徴として扱われ、歴代の皇帝は龍と呼び例えられていました。他にも龍は干支でも「辰年」として姿を見せています。



こうして見てみると龍は様々な場所に姿を現しては異なる姿を持っていることが分かります。ですがそれゆえに龍が何たる存在なのか、謎は深まるばかりです。



けれど龍について調べていて想ったのですが、もしかすると「龍とは『』である」と答えることが出来るのかもしれません。



龍はそもそも『水の力を司る水神』とされており、いにしえの時代では干ばつが発生して大地に潤いがなくなると人々は龍に雨乞いを行って雨水を求めていたそうです。水との繋がりからか、うねる川や轟々と流れ落ちる瀧を龍と表現することもあります。



龍が龍神、龍王、気、皇帝の象徴、辰年など異なる姿を見せるのは、水が器の形に沿って形状を変えて留まる様子と似ているからなのかもしれません。神社や風水など異なる場所(器)に沿って、龍という水も形を変化させてその場に留まっているのでしょう。



そして龍が水ゆえに「龍とはこういう存在だ」という考え方も人それぞれ異なるのではないでしょうか。水が器の形に沿って形状を変えるように、人それぞれ異なる心という器の形に沿って龍も姿を変えて心の中に留まるからです。はたして皆さんの心にしてその器はどのような形を成して龍という水を受け止めているのでしょうか。



現代では龍に雨水を求めて雨乞いを行うことは無くなりましたが、よく考えてみれば人は何かしら叶えたい願望や目標があると龍神さんが祀られている神社へ赴いて願をかけたり、運気を良くしようと風水を試して気という龍を家屋の中に招き入れようともしています。



時代が変わっても人が龍を見つめることは変わらないようです。雨が降ってほしいという形無き願いが雨という形となってこの世に現れるように、胸の内に秘めていて今だ形を伴うことのない願いが、雨が降るかのごとく形となって目の前に現れて現実のものとなってほしいと…。



龍に望みを託すことは現代における雨乞いであるのかもしれませんね。





【龍と暦】


あらゆる場所で姿を見せいる龍は私たちの生活を動かす「」の中でも息づいているようです。



伝承によると「龍は3月21日頃の春分の日になると天ひ飛び立ち、9月22日頃の秋分の日に地上に降り立ち、淵に身を隠す」と伝えられています。なぜこの日に龍は昇り降りするのか考えてみたのですが、これはもしかすると農作物…とくに「お米の栽培時期」が関係しているのかもしれません。春分から秋分までの間はお米の栽培に適している期間です。



またもう一つ、龍が昇り降りする理由に考えられそうなのが「」の存在です。これもまた伝承によると「蛇は何百年もの年を経ることで龍になる」と言われています。そのため龍の原型とも言えそうである蛇ですが、種類によっては蛇は10月頃になると冬眠するために土の中に潜り、3月の春頃になると地上に姿を現して活動を再開するのだそうです。



蛇が冬眠する時期と活動を再開する時期が春分と秋分の日に近いことを考えてみれば、龍が昇り降りする理由の一つに蛇という存在も上げられるのかもしれません。



3月の春分の日に龍が天に飛翔する頃に蛇も活動を開始し、9月の秋分の日に龍が地上に帰還して淵に潜ると蛇も冬眠するために土の中に入る。そして春になると龍も蛇も再び地上に現れて活動を開始する…。



暦の中における龍と蛇の動きを見ていたら、それはまるで一匹の蛇が春に生まれると龍へ進化して天に飛び立ち、秋になって帰還すると淵に潜り眠ることで死を擬似体験し、春になると再び蛇となって蘇る…という死と再生を、脱皮のように繰り返しているように見えました。



農作物の成長は移ろいゆく時によって動かされるため、農耕と暦は密接に関わりあっています。太陽の光と同じく水も植物の成長に必要不可欠であるためか、水の力をもつ龍も暦の中に姿を見せるようになったのでしょうか。



もしかするとこの世界は巨大な龍の中に存在しており、その龍が脱皮を繰り返すことで季節が巡っているのかもしれませんね。





【白】


カラフルに存在する龍の中で白龍が纏う「白色」についてですが、白は一目みて分かるように「清らかさ」を感じさせる色。その清潔さゆえに白は「神聖」と結びつき、白は神霊という「聖なる存在を象徴する色」とされてきました。



その神霊を表現する白は同時に巫女や神主といった「聖なる存在に仕える者」を意味する色でもあります。古今東西、聖職者の服の色として用いられてきました。自然界において動物でも突然白い体をもつ個体が現れると神の使いとされることがみられます。



ちなみに個人的に想ったのですが、いわば白という色は「神と人の仲介者」を意味するのかもしれませんね。



また白い服を着る人というと、医師や看護しといった医療に携わる人々がよく想い出されます。



そんな白色ですが、白は時に「死と関わりのある色」でもあり、あの世に旅立つ人に着せる色でもあります。現代のお葬式では参列者は黒を着ますが、時代によっては見送る参列者が白を着ていたこともありました。時代劇などのドラマにおいて葬儀のシーンがあると参列者が白を着てる様子が見られることがあります。



白い服を着る人物で想い出される医師や看護師も看取ることも多いでしょう。白は生と死、どちらとも関わりがあるようです。



そして何も綴られていない真っ白な1ページのように、白色には「初め」「新しい」と言った意味もあります。白紙に戻す…という言葉もあるように白は「リセット」を意味し、再び新しく始まることから「再スタートを切る色」でもあるでしょう。



【白龍と七夕】



ところで、白龍が仕えているとされるこの「天帝」という存在。聞きなれない名前ですが、聞けば天帝はあの7月7日の七夕伝説で有名な「織姫」の父であるらしく、彼女とは親子であると伝えられています。



機織りの仕事をしていた織姫と牛飼いであった彦星は結婚を機にお互いに夢中になり、仕事を疎かにしてしまいました。これに怒った天帝が二人の間に天の川を敷いて会えないようにしたのですが、織姫があまりにも泣き悲しむため7月7日のみ会うことが許され、再び会えるその日まで真面目に仕事に向き合うようになった…という、夏の夜空に語り継がれるロマンスは恐らく有名でしょう。



天帝に仕えていた白龍が七夕の伝説において姿を現して関わったというお話は聞いたことはないのですが、白龍と織姫と彦星を見つめていて想いました。織姫と彦星が一度離ればなれになってしまうも再び会うことが出来るようになったのは、もしかすると白龍の働きによるのかもしれません。



冒頭にて川を龍と表現することもあると語りましたが、織姫と彦星の間に敷かれた天の川の正体は白龍であったような気がします。白龍という天の川が二人の間に入って運命の赤い糸を断ち切ってリセットし一旦白紙に戻るも、離れていくことのないよう再び運命の赤い糸を結び直したのではないでしょうか。仲介者を表す白色を纏う白龍は織姫と彦星の仲を取り持ったのかもしれませんね。



現代では人それぞれ異なる願いが笹の葉に託される七夕ですが、その歴史も遡ってみれば七夕も当初は機織りの仕事をしていた織姫にちなんで機織りや針仕事の上達を祈願する行事だったそうです。かつて龍に雨を求めて行われた雨乞いが次第に様々な願望の成就を願うように変わっていったように、七夕も時代の移り変わりで変わっていったようです。



地上で七夕の日に笹の葉に託された願い事を天へと繋ぎ、成就されるよう橋渡しをするのも白龍の役目でしょうか。白龍は十字を描くように、男女という横の繋がりと天地という縦を繋がりを結んでいくようです。



ちなみに7月7日は時期的にまだ梅雨にかかっていたりもします。そのため7月7日を迎えても梅雨の気配が拭えず、夏の七夕の雰囲気を感じない…という経験は無いでしょうか?このようなズレを感じてしまう理由ですが、これは「旧暦」と「新暦」が関係しています。



かつて旧暦で7月7日にあたる日を七夕としていたため、現在の使われている新暦とズレが生じています。そのため旧暦における7月7日を新暦に換算した場合、毎年日にちが異なるのですが2026年の場合は8月19日が旧七夕の日にあたります。この日に夜空を見上げてみれば、たくさんの星を纏う白龍にして天の川が見られるかもしれません。



龍も飛び交う暦の中、新暦と旧暦の両方からみて7月と8月は白龍が人知れず活躍していそうです。




【命の保護者】



真っ白なページに物語が綴られていき、最後まで埋まるとめくって再び白い1ページに戻る…。これは人の一生とも似ているような気がします。この世に生を受けて真っ白なページから始まった人生に物語が綴られていき、寿命が訪れるとリセットされる…。



真っ白な状態から始まり、時が訪れれば再び白へ戻ることから白は「命の色」でもあるのでしょう。



神霊を表す白と、聖なる存在に仕える者を表す白、そして命の色でもある白を見ていて想ったことがあります。



日本の神様の場合…例えば織姫と彦星のように夫婦である「伊奘諾尊(いざなぎのみこと)」と妻の「伊邪那美命(いざなみのみこと)」のように、名前の最後の漢字をよく見ると「みこと」の部分は「尊」と書かれることもあれば「命」と書かれることもあります。神聖を意味する「尊」と生命を意味する「命」。どちらも共通して「尊い」存在です。



そのため「神という尊い存在に仕える」ことは「生命という尊いものに仕える」ことと繋がっていくような気がしました。『聖なるものに仕えることは、生なるものに仕える(守る)』ということになるのではないでしょうか。



白龍は人に例えるなら白衣に象徴される医師や看護師など、命を守る医療に従事している人々と似ているようです。白龍がどの龍たちよりも速く天を駆け抜ける姿は、命の危機に瀕した人の元は一刻も早く駆け付けようとする救命救急士やレスキュー隊のようです。



天帝という至高神に仕える聖なる龍の白龍は、命を宿す生なる者に仕え、守っていこうとする龍なのかもしれません。



…にしても、天帝に仕え人々を見守る白龍は別の存在で言えば、同じく人と神の仲介者で知られる『天使』に似ているのかもしれませんね。






そんな白龍を再現すべく、日本の伝統工芸の一つである組紐を用いて作成。ブレスレットにしてみました。



龍の頭の形をした金具を組紐の先端に付けて全体が龍になるよう仕上げております。1本の紐上になっており、手首に2重に巻き付けて着用する2連タイプのブレスレットです。





組紐は固く丈夫な作りになることからダイヤモンドを意味する金剛の名がついた「金剛組」という組み方で作成しております。真っ白な体に、目は濃いグリーンにしてみました。



そして白龍には「熾天使セラフィム」の名に由来する天然石の『セラフィナイト』を組み合わせてみました。





【セラフィナイト】


石言葉…平穏、平和、適応


…キーワード…

「生きがい」



セラフィナイトは深いモスグリーン色の中に羽毛のような白い模様が見える様子が特徴的な天然石です。その見た目はどこか油絵のような、木漏れ日のような雰囲気があります。



このセラフィナイトという名前は熾天使の「セラフィム」から由来しています。天使には9つほど階級があるとされ、その中で最も高位に位置する天使をセラフィムと言い、セラフィムは神と直接関わることが出来る天使とされています。



日本語では「熾天使」(してんし)と訳され、「熾」とは「火が盛んに勢いよく燃える」という意味です。熾天使たちは神に対する愛と情熱で体が燃えているという説から熾という字が当てられました。



一説にセラフィムは別の神話に登場するセラピムという、翼をもち蛇の姿で火のように空を飛ぶ稲妻の精霊を起源にもつとも考えられています。もしかすると、天使に似ていて天帝に仕える白龍は熾天使のような立ち位置にいるのかもしれませんね。



生きとし生けるもの達が宿す生命の「」という字についてですが、この字は「命令」や「命を受ける」という言葉もあるように本来は「上の者から下の者へと下される命令」という意味であったそうです。のちに寿命を表す言葉となりました。



命という字がつく言葉の中には「天命」と「使命」があります。天命とは「天帝から与えられた命令」「寿命」という意味を持っており、使命とは「命令が下された使者が行わなければならない役目」そして「使命を果たすためにどう生きていくか」という意味です。



もしかすると私たち命を宿す者は、上という天に住む神々から生命を与えられ、生きていくよう命じられて生まれてきているのでしょうか。人は皆、生命を授かるという天命を受け、寿命が尽きるその時まで生きていく…という使命を帯びているのかもしれません。



体が愛と情熱で燃える熾天使セラフィムに由来するセラフィナイトは「自分はこのために生きているんだ」と想えるような生きがいを見つけるための手段となりそうです。





個人的な感想ですが、白龍が活躍しているかもしれない7月・8月になると天国を想い浮かべることがあります。天使が存在していて、白龍も身を置くのかもしれない「天国」。どのような場所なのかは分かりませんが、夏の地上のキラキラとした眩しさやもくもくと膨らむ入道雲と青空を見ていると、天国も夏のような風景が広がっているのかな、なんて想ったりします。



ご存じのように8月はお盆もあります。そんな時期にあの世の天国を想うのは白龍からのメッセージなのかもしれません。織姫と彦星という陰陽のように相反するものを繋げて橋渡しした白龍はあの世とこの世という陰陽のように分かたれる世界をも繋げて橋渡ししそうです。



織姫を示すベガと彦星を表すアルタイル、そして二人を仲介するかのように位置するはくちょう座の夏の大三角形が夜空に光輝く様子は、二人が再び巡り会うことが出来たことを証明しています。



何万年と続いてきた、消えることのない愛の炎が天上にある…。燃えるような夏の時、白龍も命を遂行するために愛と情熱で燃えていそうです。


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BASEにてお取り扱いしてます


白龍*ドラゴン&セラフィナイト

龍の組紐ブレスレット