フジTVの韓流偏向報道に抗議するデモ、一部が1万人、2部(頑張れ日本行動委員会)は3万5千人
以上に上った。フジTVサイドは何故抗議されるのかわからないとコメントしているらしい。この

認識の差はいかにして生まれたのだろう。テレビ局の体質が変わった訳でもないだろう、逆に視聴
者サイドの認識が変わったというか、覚醒してきたのではないか。それはネットと言う媒体を通じ

て情報の共有が可能になりこれまでメディア頼みだった情報がいかにも簡単に入手可能になった事
が大きい。テレビの嘘や偏向報道が通じなくなって来ている。テレビ業界と言う村社会に長く関わ

った人間が、この社会の変化についていけずに戸惑い、のたうち回って居る様に感じる。そもそも
が日本のメディアに公共の電波などと言う概念が無かったのだろう、それは新聞や今の政治家にも

通じるものがある。公共と言う言葉はスポンサーや一定の圧力団体の為の物で、一般の視聴者は視
聴率や購読部数を稼ぎ出すカモにしか見ていなかったと言う事だ。そこには御客様と言う概念は無

く、情報を無料で提供してやっているという一方的な驕りしかない。民主党と言う政党にも同じ臭
いを感じるのは戦後新左翼と言われる人間が外国勢力に取り込まれながら日本に蔓延、世界は一部

の優秀な人間が支配管理し一般の人間には最低の生活と情報を与える事が世界平和に繋がるのだと
言う思想そのもの撒き散らしている臭いだろう。テレビ業界では我々が黙殺していればこれまでの

様に沈静化して皆忘れてしまうと高を括っている。今後スポンサーの不買運動を通じてフジTVを
解体にまで追い込めば業界のみならず政治も変わる可能性が高い。所謂、一点集中型の見せ示めだ

が、これまで馬鹿にされて来た一般人の逆襲の始まりという事だろう。