こんな気持ち誰もわかってくれない!!
と思ってしまうことが日常では起こる
そんな中、たまたま開いたYouTubeで自分と同じ状況な人や、自分より過酷な人の話を聞くと少し心が軽くなる
人は孤独に感じている時、人生をやめてしまうのかもしれない
誰にもわかってもらえない
居場所がない
誰かに言えばいいのだけれど、プライドもある、迷惑がられたくない
怒られるのも嫌だ…
そんな色々な感情があったりで
誰にも言えずに一人で抱え込んでいる人がたくさんいるのだと思う
私もその中の一人で、
YouTubeや本のおかげで「私だけじゃないんだ」って思えていることで私はこうして生きていられた
どこかで、誰かが絶対に理解してくれる人がいる
神様は乗り越えられるものしか体験させようとはしていない
魂の成長のためには今、この子にとって必要な場面はなんなのだろうか?と考えた結果が今の場面なのではないかと思う
理解できないものを否定する人が多い
理解できないものはなんでも
「宗教だ…あやしい…」と敬遠する
なぜそのようになったのか…
その見えない力のすごさを知ってしまったら、
自分の立場が危うくなる人が植え付けたのかもしれない
そんな状況の中でも気付く人は勝手に気付いて成長している
この地球は自由だ
選べる
自分が見たい世界を選べる
それはただ意識を意識的に意識できたものだけ
人のせいにしてもいい
ただその人のせいにしていことで何を得ているのか
人のせいにするのは、
自分の責任ではない!お前が悪い!とぶつけたいのか?
自分のせいにするのはとても疲れた、相手が悪いという事実は事実なのでいったん人のせいにしよう、あとの行動は自分の責任、でも一旦荷を下ろさせてくれ…
といったようにさまざまな思いから
「人のせいにする」という現象が考えられる
一つの現象、場面を撮っただけでも
一人一人の思いがあることがわかる
決めつけることは、やめないといけない
自分の中でそう思いたい気持ちは理解してあげて、
相手には相手の気持ちがあることも理解してあげて、
平和な解決策を出せることが本当の大人なのではないかと
思った朝でした。