自分の感情・思考・行動等々に審判を下す。または審判を求める癖があった。

「私、間違ってないよね!」「私、間違ってない?」っていう感じ。

正しいか正しくないかなんていったい誰が決めるんだろう?絶対的な正しさなんて、たぶん無いような気がする。

審判する癖は子供の頃の環境が大きく影響してるのは間違いない。

だからどうのこうのでなくて、ただそうだったということ。

ややこしいのは、子供の頃の事までも審判することに必死になったり、どうにかしないと今が変わらない。

という回路にはまる。

でも答えなんてみつからないか、見つかったとしても、また同じ様なことがありプチパニックになっていた。

誰か私の事を私の気持ちを分かって!
誰も分かってなんかくれない。

よくそんな風におもっていたが、分かってあげてなかったのは自分自身だった。

自分が自分の気持ちにOKをだして、その気持ちを大切にしてないのに、私以外の誰かがどうやって分かってくれる事ができるのか?

審判なんてせずに自分の思いを自分が受け入れて、誰がなんと言おうと自分の思いを大切にする。
まずは、そこからなのかな音符