色素の薄い髪は腰よりも長く、ふわふわとして柔らかそうに見えた。それに加えて白い肌をしているから今にも消えてしまいそうなくらい儚くて、だけど、その女の纏う雰囲気が柔らかくて、優しそうだと思った。


「どちらさん?」


少し高めでいて、落ち着いた声音は聴き心地が良くてずっと聴いていたくなる。


「あの、」
「ッ!!あ、あの、俺はッ・・・・・」


ボケッとしていた俺を覚醒させたのもその声で、慌てて名前を名乗ろうとした。
けど、回りの反応を思い出してこの人も俺がサタンの落胤だと知ったら避けるのか、冷たい目で見るのかと思ったら言葉が続かなかった。


「どうかしたん?」
「ッいや、何でもねぇ!」


仕方がないと諦めていたはずなのにこの人にはされたくないと思った。


「あぁ、私もまだ名乗ってへんかったなぁ。私は宝上千景言う者や。
ここに宝上はたくさん居るさかい、千景って呼んでな。」
「千景・・・・・」
「ん?」


首をかしげながらこっちを見る千景は可愛くて、綺麗だと思った。


「・・・・・燐、奥村、燐。」
「なんや、君が燐君なんやな。
話はよお聞いとるで、君、サタンの落胤なんやて?」


あぁ、やっぱり知ってたのか。
千景の言葉を聞いて一瞬で絶望した。


「大変やなぁ。」


言われると思っていた言葉からかけ離れたそれは、さっきと何ら変わらない声音で告げられた。


「私はただの人間やさかい。燐君がどんだけ辛い思いしてるかなんて想像しか出来へん。
けど、話くらいやったら聞くえ?」


おいでと伸ばされた手は小さくて、腕も折れてしまいそうなくらい細い。
なのにどんなものよりも力強く見えた。
穏やかな笑みを浮かべる千景にゆっくり近付いていけば、隣に座るように言われた。それに従って、座れば千景はゆっくりと手を伸ばしてきた。思わず目を瞑れば、頭に触れる感じがして、それから撫でられているのが分かった。


「よお頑張ったな。
偉い偉い。」


あきらかな子供扱いで、いつもの俺なら子供扱いするなって怒っているはずなのに、千景にされるのは嫌じゃなかった。


「ッ・・・・・」
「あの子らな、別に燐君が嫌いとか憎い訳やないんやで?
ただ、サタンに奪われた大切な者の悲しみとか怒りとかどうしたらええかわからんねん。
そやからサタンの血を継いで、サタンと同じ青い炎を持つ燐君に当たってまうねん。」


燐君は何も悪くないんやで、そう言って頭を撫でていた手を俺の頬に添えた千景はやっぱり、優しく笑う。


「けど、仕方ねぇだろッ・・・・・。俺だって、嫌われたくねぇけど、、」
「そやね。
でも、全員がそうやないねんで?
私な、サタンの青い炎のせいで二度と歩けへんくなって、呪いもな受けてん。それに大切な人も失った。」
「ッ!!」
「でも、燐君のことを嫌いやない。恨んでもないし、憎んでもないんやで?」


知らなかった事実に罪悪感が込み上げる。


「そんな顔しな。
私は燐君が優しい子やて分かっとる。」
「何でそんなことが言えんだよ!!
俺が、怖くねぇなんてあるわけねぇだろ!!?」


罪悪感と優しすぎる千景が俺に同情してるんじゃないかと思って、気が付いたら手を払って、そう叫んでいた。


「怖ないよ」


真っ直ぐに俺を見る千景にさっきまでの笑顔はなくて、そこに嘘はないのだとおもった。


「燐君の瞳、めっちゃキレイや。
誰かを平気で傷つけられる人がそんな瞳してるはずないやろ?」


その言葉に泣きたくなって、また笑う千景に抱きついた。
千景はそんな俺を受け止めて、抱き締めてくれた。桜の匂いがして、それがまた泣きたくなるくらい優しくて、千景の温もりを感じながら涙が流れた。
それで思ったんだ。
もし、母親がいたら千景みないなんだろうなと


(なんや、燐君って大きい子供みたいやなぁ)
(!!)
(どうかしたん?)
(な、何でもねぇ!!(なんかすっげぇ、恥ずかしい///))
(?)


―――――

時間軸的には京都に来て、二日目辺りだと思う。子猫さんと会う前くらいかな・・・・・?

「矛造は――――」
「矛造だったら――――」
「矛造なら――――」


周囲の大人たちの言葉はいつでも俺と矛兄を比較した言葉だった。
矛兄のことは好きで、自慢の兄だったのに比べられるたびに矛兄の優秀さと平凡な自分の能力を思い知らされる。そのたびに矛兄が嫌いになりそうだった。そんな自分が嫌で、逃げるように俺を俺として見てくれるたった一人の大切な人に会いにいった。
宝上家には矛兄と同じ歳の長女がいる。
だけど、青い夜の時に矛兄と一緒に坊と廉造を守り、代償として二度と動かない足と呪いを受けた。強い人だった。最前線で闘い、それと同時にひどく優しい人でもある。志摩家と宝上家の仲の悪さも彼女に対してはなく、いろんな意味で別格の人。


「柔造やないの。どうかしたんか?」


呪いを受けてから、それが周囲に影響を及ぼさないようにと離れで暮らし始めたお姉は、いつ訪ねても穏やかな笑みを浮かべる。これで蝮たちと血が繋がっていると言われても、信じられないほどだ。むしろ、信じたくない。


「・・・・・いや、お姉、どうしてるかと思ったんや。」


此処に来た理由をどう言えば良いのかわからなくて、苦し紛れにそう言えばお姉は困ったように笑いながらも自分の隣を軽く叩いておいでと誘う。
それに逆らえるはずもなく近寄れば、お姉は今度は自分の膝を叩いた。


「膝枕、久々にどうや?」
「・・・・・おん」


言われるがままに横になって、頭をお姉の膝の上に乗せれば柔らかい太ももの感触が頬に当たって、桜の匂いがした。してからなんだが、かなり恥ずかしくなってきた。
だからと言って、お姉を独り占め出来るチャンスを考えれば、離れようなどとは絶対に思わないが。


「気にせんでええねん。」


頭を優しく撫でる手と共に振ってきた言葉に心臓が跳ねた。


「ッ・・・・・」
「あのアホみたいにならんでもええんやで?」
「けど、俺は矛兄みたいに強くないし、」
「なぁ、柔造は和尚様が好きか?」


俺の言葉を遮るようにしてお姉はそう聞いてきた。


「和尚様だけやない、坊や虎子様も、おとんやおかん、弟たちも好きか?」


あまりにも真っ直ぐで、真剣な目に声がでなくて、代わりに首を縦に動かした。


「じゃあ、明陀はどうや?」
「好きや、」
「志摩家は?」
「・・・・・ッ」


言葉が出なかった。


「家継ぐ言うんは、しんどいやろ?
ホンマやったら、アンタには関係ない話やったんや。私や矛造とは違う。」


産まれたときから継ぐことが決まっていた二人は、それが当たり前すぎて今さら何か思うことはなかった。だが、俺は突然矛兄を亡くして舞い込んだ跡取りがしんどくて、重かった。


「それでも、嫌いにはなれんかった。」


あぁ、そうやった。
お姉と矛兄は――――……


「俺も、嫌いやない・・・・・。
重いし、しんどいけど、捨てようとは思わへん。」
「そうやったら、アホな矛造のマネとか、代わりとか思わんとアンタらしくあればええねん。」
「おん」


優しい言葉、欲しい言葉、それを的確にくれるこの人がホンマに姉みたいで好きやった。


「それにな、柔造、あのアホのマネしたり、代わりになろうとし過ぎたら、変態になんで」


にっこりと爆弾を投下してきたお姉の言葉を聞こえないふりをして、そのまま少しの休息をとることにした。


もう少し、
あと少しだけこうさせてくれたら、もっと強くなって見せるから


―――――


甘えたな子供の頃の柔兄が書きたかった。
矛兄が亡くなって、こんな葛藤があれば良いと思う。


知らないフリをして来た。
気づかないフリをして来た。
この関係が心地好すぎて、不変を願ってたんだ。
年下の幼馴染みとは兄妹のような関係で、本当の兄妹みたいな関係が何年も続くとそれはで周りにも定着していた。俺はそれで満足していた。
だけど、時々千花は女の顔で、目で、雰囲気で俺をみる。


「トシ兄、あの、ね・・・・」


あぁ、ほら、まただ。
だから、俺はあえていつも通りの俺で接する。


「千花、今から総悟と見廻りだったな。アイツがサボらねェようにしっかり、見張ってろよ?」


頭をポンッと撫でながら、そう言えば千花は一瞬瞳を揺らしたがすぐに笑顔を取り繕って頷いた。
“大丈夫、任せて”とそれを聞いて俺は安心する。まだ、大丈夫だと、限界が来ていることに目を反らして


「じゃあ、行ってきます。」


背を向けた千花が涙をこぼしている事にも気づかずに、自分と千花の距離を守ることに必死だった。
気付いてと、知ってと、必死に訴えかけてくる千花を見て見ぬふりをして、今日も俺は千花の兄として振る舞うのだ。


「土方さんはつくづくヒデェ男でさァ」


気持ちの悪い目のついた赤いアイマスクを額に上げた総悟の言葉にドキッと心臓が脈を打つ。


「何の事だ。つか、テメェは千花と見廻りだろーが、何やってんだよこんな所で」


誤魔化しつつ、仕事をサボろうとしている総悟に説教じみたことを言えば、いつものおちょくるような目ではなく、真剣な目をしていた。


「蛇の生殺しのままじゃ千花が可哀想だって言ってんでさァ。土方さん、アンタとっくの昔に気付いてんだろ?なのに気づかないフリ、知らないフリ、いつまで続けるつもりなんでィ」
「うるせぇんだよ。テメェに関係ねェだろ。」


何一つ知らない奴に言われたかねェんだ。


「俺達はいつ死んでも可笑しくねェ場所にいるんですぜィ?迷いのあるものから死ぬ。それを鬼の副長ともあろうアンタが知らねェ訳ありやせんよねィ?」
「・・・・・」


千花は不安定だ。少しの油断が死に繋がると言うのに、今のままではいつ死んでも可笑しくねェ。


「千花とこれ以上距離が近くなって、離れられなくなるのがそんなに怖いんですかィ?千花が向き合おうとしてんのにアンタはいつも逃げてばっかでさァ。」
「さっさと仕事に行け」
「怖いのがアンタだけじゃないってことサッサッと気づかねェと手遅れになりやすぜ?」


言うだけ言ってどこかに消えた総悟の言葉が胸に突き刺さる。
これ以上距離が近くなれば俺は千花を喪ったとき、今まで通りで居られる自信がない。
これ以上距離が近くなれば、俺は千花の手を離せなくなる。
距離が近くなれば、なるほど俺は千花を喪ったときが怖くて、怖くて仕方がないんだ。


「副長ッ!千花ちゃんが何者かに誘拐されました!!」


臆病な俺は、大切な奴を傷つけることしか出来なかった。



翌朝、身体中を痛め付けられた千花が首と胴が離れた状態で屯所に届けられた。



オワリ