自分を信じられなくなったら、どうする?

気が済むまで待ってみる?
泣き止むまで放っておく?
それともしっぽ巻いて逃げる?

ふふ、自分のことなのにね。

縦にも横にも激しく揺れて
自分か相手かも区別がつかなくなる。

そうなったら、この物語はおしまい。

自信なんてなかったことにしよう。
夜景

きょう、路上詩人になった

いつも見ている景色とは違って
恐さも切なさも入り混じる
その席は、傍観者と呼ばれるものだ

道行く人々は足早に通り過ぎる
まるでこちらを駅貼りのポスターかのように
ちらりと好奇の目で見ては去ってゆく

けれど、奇跡も起こるもんだ

声をかけてくれる人もいて
その気持ちに応えたくて
言葉を書いてプレゼントする

プロでもない僕の言葉に
お金を支払ってくれる。
きっとそれは感謝ではなく
好奇心なのだ

法も秩序もない
心が揺れ動いた分だけ
対価を支払う

僕とカップルのお客さんと、
3人の輪の中に確かに
社会が世界が存在した
$一言は他人事-夜

生きることは 稼ぐことじゃない。
生きることは 生き生きとすること

仕事だからと言い片づける人がいるが
それはどこかで逃げてる人だと思う

まるで仕方なくやっている口ぶりで
そこに本音の意志は介在しない

頼まれたから やっている
求められたから やっている
本当にそうだろうか?

会社にいると 実際にあなたに
直接頼まれる仕事はほとんどない

他の優秀な人の手がいっぱいだから
たまたま あなたの元にこぼれてきた
依頼者は別にあなたにお願いしてもいない

これがあなたが手にしたかった
「求められる」ことだろうか?

恋人ができた
あなたじゃなきゃ駄目だと言う

そんなとき嬉しく思う

そこに利益も取り分も発生しないが
確かに生き生きとしていられる

これがあなたの言う
「求められる」ことではないだろうか?

そんなんじゃ「食っていけない」と
誰かが言うだろうが 少なくとも
あなたはこうして生きていられる

そもそも「食っていく」など おこがましいのだ
あなたはこうして食べさせてもらっているのだから