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もっこすのつれづれ日記

アダルトチルドレンの克服のため、日々理屈をコネコネ。どうしようもなく孤独でかなりエネルギーの要る戦い。依存体質、完璧主義、自尊心の欠如などなどを克服するために奮闘する毎日をつづる日記。陽と陰を吐き出します。

父がアルコール依存だったんです。

とても孤独で弱い人でした。


そして

家族全員が孤独だった。


父だけが悪いんじゃないんだけどね。


父は酒を飲んでは母に暴力を振るい、母は社会の目を極度に気にしてそこから逃げることができず、幼い私は兄たちに「お母さんを助けて」と言い、兄たちはそれを無視してた。私は、父や母や兄たちが好きだった。だからこそ、本当に苦しかった。悲しかった。でも私が苦しんでいても、それをケアしてくれる人は誰もいなかった。誰にも言えなかった。不思議なことに、小学校ではしっかり者で明るい人物だと評価されていた。


転勤族だったためあちこち引っ越しましたが、その度に父の精神状態は不安定になり、家庭内の状況は悪化し、借金は増え、母は宗教にはまって異常な行動をしだし、父はそんな母を責めるだけという悪循環が続いていました。家族それぞれの気持ちは、お互いに誰とも共有できまま私たち兄弟は大人になり、それぞれ家を出ました。


結局、末っ子である私の大学卒業間際に、母はやっと家を出ました。父は仕事をクビになり、新しい仕事もうまくいかず、仕事そっちのけでストーカー行為を繰り返しては追い回していました。自分の父親がストーカーになるなんて、本当にぞっとした。家を探し出して張り込みをして、パート先にまで押しかけてどなりちらしたり、電話をかけて嫌がらせをしたりしてた。


母は母で、家を出てすぐ、新しい恋人を作り、同棲しはじめました。かなりショックだったよ、その話を聞いたとき。その男性自身はとてもいい人だった(先日肺がんで亡くなりました。彼らが二人で生活したのは、正味2年くらいだったんじゃないかなと思います)けど、やっぱりこの母の行動は、子どもにとっては悲しいかったし、絶望的なものだったよ。このことで、私たち兄弟が持っていた母に対する同情心は、一気に消え去りました。


物心ついた頃から、冷え切った家族に何とか温かいつながりを作ろうと必死で頑張ってきましたが、もう修復不可能です。いくら頑張っても、もう無理です。家族のことは好きでしたが、もうそれぞれの人生をそれぞれに頑張るしかないのです。母と時々連絡をとるだけで、父とも兄とも連絡をとっていません。連絡もこないし、こちらからもしません。



私が幸せになるためには、私が育った家庭を責めるのではなく、子どもにこういう悲しい想いをさせない新しい家族を自分で作るしかないと思えるようになりました。まずは何とか、過去と自分を受け入れて、次のステップへ進もう。



一人はやっぱりさびしい。家族がほしい。いい人とめぐり逢うために、自分を精進させたいです。




それにしても、こうやって書いてみると、結構大変な人生だったなと思う。他人事みたいだけど。