なごみのブログ

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自由気ままに、風の吹くまま。

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 その日のSHR(ショートホームルーム)で、夏休み明けの教育実習生の話(先の話過ぎてよく分からない)や、期末試験の範囲説明(そういえばそろそろテストだ)、それから校内で起きたタバコ事件(男子トイレにタバコの吸殻が落ちていたらしい)を聞きながら、担任の先生を見つめてみた。…観察とも、いう。

 僕のクラスの担任はまだ若い新任の先生で、担当は科学。男の人なんだけど、時々着てる白衣が妙にカッコいい。女子にも大人気。

(大人、だなぁ。)

 二十代半ばくらいだったはずだけど、なんていうか…立ち居振る舞い?

 テキパキしててかっこいいなあと、男の僕でも思う。


「…で、お前どうかしたわけ?」

「え?」

 放課後、割り振られた場所の掃除をしてたら箒でギターの真似をしてた圭介に声をかけられた。

「今日すげえぼーっとしてたダロ。」

「よく気付くねえ、そんなこと。」

 まあ自覚はあったし、気付かれてるんだろうなとも思ったんだけど。圭介後ろの席だし。

「お前が話し聞いててくれねえと後から聞けなくて俺が困る。」

「あはは、そんなことだろうとは思ったけど。」

「で、どうかしたわけ?」

「んー、なんか疲れた、かな。」

 自分でも首をかしげてそう答えたら、圭介は合点がいったようにああ、と頷いた。

「中途半端な木曜だしな。しかもそろそろテストだし。一回くらいテスト無しでさっくり休み入んねえかなー。」

 その提案には思わず笑ってしまったけど。とりあえずそうだねえと同意しながら窓の方まで歩く。換気のために開けた窓からこの季節特有の温くて湿った風が入ってきて、クリーム色のカーテンを揺らした。

 雨雲もすっかり消えて、濃い青色に白い雲を浮かべた空は本格的な夏を感じさせた。どこかでセミの声も聞こえる。クマゼミだろうか。

 そんな窓を閉めて鍵をかけながら圭介を教室から追い出す。

(…ていうか、今から行っても早すぎるかな。)

 よくよく考えたら、昨日あの人に会ったのは部活が終わってからだった。ということは多分19時近い。今はまだ16時で……

「どうしようかなー…。」

「どうかしたのか?」

「えっ?」

 思わずこぼれた独り言に返事があってちょっと驚く。慌てて振り向いたら原川先生(担任の先生ね)が、教室の入り口に手をかけて教室の中を覗きこんでいた。

「なんだ、また一人で掃除か。」

「あ、いえ、もう掃除終わりました。圭介は僕が先に帰らせて。」

 僕の言い方に原川先生が はははと笑う。

「保護者みたいな言い方だな。」

「そう…ですか?」

「ん、まあ半分保護者みたいなもんだろ、授業なんかの扱いも。」

「ははは。」

 僕と圭介はいつもセットで見られてる。最初は僕と圭介っていう組み合わせに驚いた先生もいたみたいだけどね。理由は何となく分かるけど。

「あいつ、教師あんまり信用してないからなー。」

 さらりと言われて驚く。

「…気付いてたんですか。」

「ま、そりゃな。嫌いっていうか信じてないって感じだろ。頭の固い先生方には区別付かないんだろうけど。」

 あ、今のナイショな、何て言いながら先生は早く帰れよと言い残して出て行った。

(いい先生、だな。)

 荷物片手に廊下まで出てその後姿を見送りながら、僕はぼんやり思った。


「シン君、いる?」

 北條先輩が僕の教室へ来たのはその日の四時間目、体育が終わって教室で着替えてたときだった。

「あ、はい、います!」

 後ろから圭介がちょっかいを出してくるせいで、全然着替えが終わってない。とりあえず返事をして存在だけは主張してみた。だってそうしないと、この先輩は伝言とか何も残さずにさっさと帰ってしまう。

 いや別に、帰っちゃうのはいいんだけど。後からどうしたのか聞いても、忘れてるから困るんだ。一年で学んだ。

 慌てて着替えてすみませんお待たせしました、と謝れば、北條先輩は優雅に微笑んで気にしないでと答えた。

 北條先輩は何だか…深窓の令嬢、っていうのかなぁ。いや、こうやって普通の高校に普通に通ってる時点で「深窓」じゃないんだけどね。

 お屋敷のお嬢様みたいな雰囲気の人だと思ってたら、本当にどこぞの企業の社長令嬢だった、なんてオドロキのプロフィールを持ってる。おまけにちょっと日本人離れした容姿をしてて(そうしたら本当にクォーターだった)、男子からはもちろん、女子からの人気も高い先輩だ。

 まあ…見た目の話だけど。それは置いといて。

「ごめんね、着替え中に。」

「いえ、もう昼休みですから。どうかしました?」

 僕が尋ねると、先輩は申し訳なさそうに綺麗な眉を寄せた。聞けば今日から従兄弟を預かるので、放課後は早く帰らなければならないらしい。

「しばらく続くのか今日だけでいいのか分からないから、とりあえず先生にはもう話してきたんだけど…シン君、どうする?」

「え?」

「部活。やってく?」

 先輩と僕はこの学校にたった二人しかいない美術部員だ。普段は部長である北條先輩が美術室の合鍵を持ってる。わざわざ来てくれたということは合鍵を渡そうとしてくれたのだろうか。

「あー…今って仕上げなきゃいけないの、ありましたっけ。」

「吹奏楽部に頼まれてるのが一つあったけど、テスト明けまでだからまだ大丈夫かな。」

 他の学校の美術部が何をやっているのか分からないけど、僕達の活動内容はほとんど全部校内用だ。

 定期的に開かれてる吹奏楽部の演奏会や演劇部のステージ(どっちも飾りつけとか、背景とか)を作ったり、文化祭の時にはポスターとか、校内全体の飾り付け、展示物の手伝いにも借り出される。他にも体育祭とか球技大会とか、入学・卒業式、新聞部に頼まれて校内新聞のデザインを考えたりもする。忙しいんだ、実は。

「じゃあ今日は僕も休んでいいですか?ちょっと用事があって。」

 そう答えたら、先輩は興味津々って感じに瞳を輝かせた。そういえば今日は珍しく眼鏡だ。

「珍しいね、シン君が放課後に予定入れるって。」

「僕だってそういう日もありますよ?」

 部活のある日は入れないだけで(基本的にこの部は迷惑をかけなければいつでも休んでいいらしい)。

「あ、分かった。女の子でしょ。」

 女の子、というより女の人、だけど…図星を指されて思わずぐっと返事に詰まったら、先輩はきゃあと小さく声を上げた。うう、なんでそんなに嬉しそうなんだろ。

「シン君にもついに彼女が出来たかー。」

「かのっ…か、彼女とかじゃないです!」

「かーわいーい。顔真っ赤。」

「かっ、かわいくないです!僕は男です!」

「知ってるけどー、でも可愛いもん。」

「とにかく!今日は僕も休みますから!…わざわざ来てもらったのに、すみません。」

 最後がちょっと弱くなったのは、本当にその通りだと思ったから。先輩はそんな僕の気持ちもちゃんと分かってくれたのか、ふわりと優しく笑って帰って行った。



 次の日の朝、僕が起きると外はまだ雨が降り続いていた。ただ昨日よりもずっと弱くなっていて、学校が終わる頃には止んでいそうだった。

(体育は体育館だろうな、きっと。)

 そんなことを考えながら外を見ていて、ふっと昨日のことを思い出した。

 雨の中、堤防で出会った女の人。名前も聞けなかったし口約束をした以外は何もなかったけど…でもあの姿が、あのワンピースに傘を差して立っていた姿が、鮮明に浮かんで頭から離れない。

「綺麗な人だったなー…。」

 ハタチだって言ってた。ということは学校の先生達より若くて、先輩達より少しだけ年上。

 あそこに行ったらまた会えるのかな、今日の部活どうしようかな、なんて思ってたら、下から母さんが御飯よーと僕を呼んだ。


 僕は今、高校二年。市内にある普通の男女共学校に通ってる。

 頭がいいわけでもないし運動が出来るわけでもないしカッコいいわけでもないし背が高いわけでもないから、校内どころかクラス内でも全然目立ってないと思う。

 でもそれでいい。

「おーす、シンタ!」

「あ、圭介。おはよ。」

 登校途中、赤になった信号機で止まってたら幼馴染で同じクラスの圭介が隣に立った。

「早ぇな、シンタ。」

「圭介も早いじゃん。珍しいね。」

 圭介は眠たそうにあくびをしながら髪に手を伸ばした。染めたわけでもないのに元から茶色っぽい髪は今日もワックスでカッコよくまとめられてる。

 その髪に手をやってクシャリと握るのが、昔からの圭介のクセ。

「生活指導のセンコーに遅刻しまくってんのがばれたー!」

「…今までバレてなかったんだ…。」

「おう、半田ちゃんが隠してくれてた。」

 僕の言葉に圭介がニヤッと笑う。僕と違って圭介はイケメンだからこういう表情がすごく似合う。ちなみに半田ちゃんというのは僕達のクラスの担任だ。

「第一、俺クラスになると生徒指導部には見つからない遅刻の仕方が見えてくるわけよ。分かるか?」

 あんまり分かりたくない。

 でもそんな僕のことなんか気にもせず、ところでシンタ、とか言いながら肩に圭介の腕が回る。そこはかとなく漂う嫌な予感に、僕はちょっと体を離そうとした。

 でも圭介は余計に力を込めてくる。ていうかこれ、肩に腕回してんじゃないよね。首捕まえてるんだよね。だって確実に締まってきてるもんね。

「ボランティアしたくないか?」

「結構です!圭介、水が冷たい!!」

 傘から滴ってくる水がちょうど僕の首元に落ちてきて冷たい。ぎゃあぎゃあ文句を言う僕を、圭介がチェッと舌打ちしながら離してくれる。

「第一ボランティアって生徒指導のことでしょ!?手伝わないよ!」

 生徒指導の内容は人によって違うけど、万年遅刻魔の圭介がこの時間に登校してるってことはきっと早朝の校内掃除だ。掃除は別に手伝ってもいいけど、生徒指導を手伝ったらこっちにもとばっちりが来る。…多分。

 そのうちに信号機が青に変わって、僕達は並んで歩き始めた。僕は靴を濡らさないように慎重に、圭介は自慢の三連ウォレットチェーンを鳴らすようにしながら。

 僕達は途中で何度かふざけあいながら、そう遠くない学校までの道を歩いた。