今でも昨日のことのように思い出せる。
6人の記者会見。
安田さんがいなくて、渋谷さんがぎゅっとマイクを握っていて、大倉さんはどこか拗ねたみたいな顔をしていて、丸山さんは寂しい感情が隠しきれていなくて、横山さんはみんなを守るかのように記者に対して険しい顔をしていて、錦戸さんは何かを隠すかのような他所行きの顔をしていて、村上さんが不自然なほどに冷静だったあの4月15日を。
そして、最後に関ジャニ∞として歌った7月8日を。
TikTokでSnowManの話や推しごとの話をしていて、「関ジャニ∞の話も聞きたいです」という言葉を頂くことが多々あった。私はそれにいいねだけで返したり、当たり障りなく「いつかは」というような内容で誤魔化していた。
決してその言葉が嫌だったり辛かったわけじゃない。でも、上手に受け止められない自分がいた。
理由は単純で、私自身が「今の関ジャニ∞」をちゃんと受け止められていなかったからだ。
もちろん関ジャニ∞のことは変わらず好きで、CDが出れば買ったし番組に出ていれば見た。
でも、やっぱり、どうしたって、7人の関ジャニ∞への未練が、呪いみたいにこびりついていた。
⚠️以下渋谷さんと錦戸さんについて私の自己解釈です。人によっては不快に思われるかもしれません。
渋谷さんの脱退を告げる記者会見の時、嘘だという気持ちと信じられないという気持ちと信じたくないという気持ちの中に、やっぱりか、と思う自分が確かにいた。
アーティスト気質の彼がこれからもずっと「アイドル」でいてくれるかと考えた時、私には自信を持つことができなかった。彼が関ジャニ∞というアイドルグループおよびアイドル事務所から立ち去ったのは、あの時の言葉通り"自分自身の責任で音楽を追求したかったから"なのだろうと思う。それ以上でもそれ以下でもなく。
渋谷すばるさんは、「自分の音楽じゃなきゃ駄目だったから」アイドルを辞めた。私はそう解釈したし、それまでの渋谷さんを見て、会見やブログでの彼の言葉を飲み込んで、納得した。
何度も何度も咀嚼して噛み砕いて、吐き出したくなるのを我慢して、無理やり押し込んで飲み下した。
周りの人に「関ジャニってメンバー減ったんでしょ?」「渋谷すばるってなんで辞めたの?」と聞かれる度に、無理やり飲み込んだものが迫り上がってくる感覚がしていた。
触れないで、知らないよ、その話やめてほしい。吐き捨ててやりたい自分を堪えるのに必死だった。大袈裟でなく当時はかなり食欲が落ちたものだし、友人とやけ酒をしてリアルに吐いた。ロックの梅酒を1.5Lほど飲んだりしていた。中々に荒れていたと思う。
本当は納得なんてしたくなかった。
でもそれが私の大好きな渋谷すばるさんの選択で、私の大好きな関ジャニ∞の選んだ道ならば、ファンである自分ができることはそれらを応援することだけ。頭ではわかっていた。心を含めた頭以外の全部は、嫌だと叫んでいた。
目を潤ませながら「まだまだ終わらないから」と歌う7月8日の渋谷さんを見て、何度も「じゃあ終わらないでよ」と思ってしまった。まさしく理不尽に「すばるくんが自身が、関ジャニ∞を終わらせないでよ」とバスタオルがびしょびしょになるくらい泣いた。次の日めまいが酷くて、自転車で近所のガードレールに突っ込んで膝を怪我したりもした。
けれどもどれだけ涙を流したところで嫌だと思ったところで、血を流したところで、時間は止まってくれやしない。6人でのツアーは始まったし、6人でのCDも発売された。
文字通りボロボロになりながらGR8ESTツアーを駆け抜ける彼らを見ていて、嬉しく思ったり感動したりする反面、そんなに頑張らなくていいよと苦しい気持ちになったりもしていた。あの時の彼らを突き動かしていたものは意地以外に何があるのだろうと、今でも時々考える。
ライブの中で歌う人のない歌詞があった。歌われるはずの歌詞は音にならず、モニターに白字で表示されるだけ。横山さんが困ったり、丸山さんが焦ったりしていた。その度に渋谷さんがいないことや私が好きになった関ジャニ∞はもういないことをまざまざと知らしめられた。
結果、苦しかったり嫌だったり辛かったりはしたのの、結局はGR8ESTと十五祭という2度のツアーのおかげで、私は渋谷すばるさんと6人の関ジャニ∞のことをちゃんと飲み込むことができた。ツアーの中で完成されていく6人の関ジャニ∞を見て、SNSを始めたり自分だけの音楽を作り上げる渋谷さんの姿を見て、大丈夫だと何度も自分に言い聞かせていた。
中でも十五祭の影響は大きかった。GR8ESTで感じた不安や苦しさを払拭させてくれて、6人でまた新たな道を歩き出すのだと、ならばやっぱり私にできることは関ジャニ∞についていくことだけだと力強くそう思わせてくれた。
とくに錦戸さんがツアーの中で言った「関ジャニ∞が100だったとしたら1人あたり14だったのが16ちょっとになっただけ そのくらいなら俺ら全員背負えますから」という言葉に、たまらなく救われた。
そんな私の決心をぐちゃぐちゃにしたのが、他ならぬ錦戸さんの脱退発表だった。
あまりに唐突な発表だった。
しかも、噛み砕く時間も飲み込む機会も与えれぬまま、錦戸さんは立ち去った。
率直に、もう無理だ、と思った。
今度こそ、飲み込めなかった。
ボロボロになって走り抜けたGR8ESTツアー、前を向く勇気をくれた十五祭。その結末が、これなのか。
錦戸さんに怒りを抱かなかったと言えば嘘になる。でも、彼だけが悪いわけでないこともよくわかった。でも、結局錦戸さんは背負った16ちょっとを捨てたんじゃないかとやはり腹立たしくも思った。
ずっと自分の中で「でも、」「でも、」の繰り返しだった。
錦戸さんのことを嫌いたくないし、関ジャニ∞を好きでいるのを辞めたくなかった。それでもいつしか関ジャニ∞のことを考えるのに少し疲れてしまって、その当時まだ好きになって日が浅かったSnowManへの入れ込み具合に拍車をかけた。
立ち去るタイミング、立ち去る時の他メンバーの様子、事務所退所後の錦戸さんのSNSやライブ活動と言動。
飲み込めなかったそれらをひとつひとつを丁寧に並べて、私は思った。
ああ、錦戸さんは「アイドルじゃ駄目だったんだ」と。
声を大にして主張するが、それが良いとか悪いとかを言いたいわけではない。裏切りだと批難したいわけでももちろんない。
ただ私自身の解釈として、これからの人生や自分のやりたいことを考えたときに、渋谷さんは「自分の音楽じゃなきゃ駄目だったから」グループを脱退して、錦戸さんは「アイドルじゃ駄目だったから」グループを脱退したのだと思った。
渋谷さんが悪いわけでも錦戸さんが悪いわけでもない。ましてや他のメンバーが悪いわけでも絶対にない。メンバー全員一人一人考え抜いて、選んだ道で、各々の答えと決心がこの形になったのだと思う。
でも、それでも、私はこの違いがどうしようもなくしんどかった。
気づけば、末っ子である大倉さんがグループの真ん中に立っていたし、後輩育成に力を入れたりしていた。
関ジャニ∞はどうなるんだろう。漠然とそう思っては、関ジャニ∞のライブに行くのが少し怖くなった。
47都道府県ツアーはシンプルにチケットがご用意されず見送り、その後コロナだなんだと世の中の情勢や私自身の環境がガラッと変わり否応なしに関ジャニ∞から距離を置くこととなった。
そして今回発表された8BEATツアー、申し込むまでに悩みあぐねた。
5人の関ジャニ∞を見て、私は楽しめるのだろうか。ちゃんと応援できるのだろうか。
まるで行かない理由を探すみたいに、「落選したら足掻かずに諦めよう」と決めて行ける範囲の公演を2公演ほど申し込んだ。今までは申し込めるところ全て申し込んで、当選したところに行けるだけ行く、というスタンスだったくせに。
案の定自名義は落選。このまま関ジャニ∞と疎遠になっていくのだろうかと思ったりもした。それも仕方ないのかな、だって私の好きになった関ジャニ∞はもう居ないから。
経緯は割愛するが結局ほんの少しの戸惑いを携えたまま、私は8BEAT千葉公演に参加させて頂く運びとなった。
行ったら行ったできっと楽しい。でも、5人の関ジャニ∞を液晶越しでも画面越しでもなく直接目の当たりにして、5人で関ジャニ∞の歌を歌う姿を見て、私は関ジャニ∞のことを好きで居続けられるだろうかと不安だった。不安のまま、立て続く仕事でハイになった頭で「行くか!!!!」と自棄のような吹っ切れたような気持ちで幕張メッセに足を運んだ。
たかがアイドルに何をそんな、と呆れる人が居ると思う。
そんな大袈裟な、と笑う人も居ると思う。
正しくその通りだ。
たかがアイドルに、大袈裟で、馬鹿みたいで、死ぬほどしょうもなくてどうしようもない感情だ。
それでも私は、たかがアイドルの関ジャニ∞に、大袈裟なほど馬鹿みたいにこれまでの人生を救われていた。どうしようもなく好きだった。
別にデビューからずっとファンであるというわけでなく、むしろエイターの中では歴が浅い方だとすら思う。
それなのに私にとっては、こんなにも好きだと思わせてくれて馬鹿みたいな重苦しい感情でぐるぐるするくらい、好きだと思わずにはいられないグループなのだ。
本当にアイドル?と疑うくらい全力なバラエティに何度笑顔をもらったことか。メンバーみんな、メンバーのことが大好きで関ジャニ∞のことが大好きで、その姿に何度幸せをもらったことか。
好きやねん、なんでやねん、きばってこーぜ、言うたやないか、止まんじゃねぇ、ドストーレとな歌詞に何度元気をもらったことか。バチバチにダンスを踊る姿に何度ときめきをもらったことか、彼らのエンターテイメントに何度感動させてもらったことか。
そんな私の大好きな関ジャニ∞が、紛うことなく私の大好きな関ジャニ∞が、今日幕張メッセのステージに立っていた。
広く感じるステージ、少ないわけないのにどこか少なく感じてしまう5つのトロッコ、見慣れない横山さんのギター姿、無くなった声、無くなった存在。
どうしたって考えてしまった。だって結局私が好きになった関ジャニ∞は7人の関ジャニ∞だから。
けれど、複数のギターで複雑な音は重ねられなくなっても、主旋律を歌う声が少なくなっても、5人が選んで守ってくれた関ジャニ∞がそこにちゃんと在った。
安田くんが「信じてくれた勇敢なエイターを エイトが連れ出すよ」とピカピカの笑顔で歌っている姿を見て、マスクとフェイスシールドとの境で溺れそうになるくらい泣いた。
私は、
私はずっと信じてこれたわけじゃなかった。
辛くなって悲しくなって、信じられなくなって、距離を置いた時期もあった。ずっと信じてあげられるエイターじゃなくてごめんなさい。勇気がなくてごめんなさい。
申し訳なくなったりもしたけど、数秒後にはそんな気持ちが吹っ飛ぶくらい「関ジャニ∞が好きだ」と思った。その言葉だけで胸がいっぱいになった。
確かに私の好きになった関ジャニ∞はもう居なくて、それは変えようのない現実で、正直私は一生心のどこかで7人の関ジャニ∞への未練を引きずって生きていくのだと思う。
けれど、5人が守って、新しく前に進もうとする関ジャニ∞を好きにならないわけがなかった。
まさしくRe:LIVE。再び歩き始める関ジャニ∞の道が、5人で立つステージの後ろに見えた気がした。
凛と強く芯を持って、100の関ジャニ∞を20ずつ背負う5人を、これからも応援していく決心がついた。
関ジャニ∞が好きだ。
関ジャニ∞が最高で最強だ。
いつかの4月15日と同様に、7月8日と同様に、私は今日の2021年12月22日を忘れないだろう。
いつかまた必ず、ドームのステージに立つ関ジャニ∞が見たい。
その日まで、関ジャニ∞と一緒に頑張りたい。
今、心の底から思う。
eighterでよかったと。
関ジャニでよかったと。
2021.12.22