「連休中は変な運転するやつばかりだ」

と、彼が運転しながら言う。


確かに彼の運転は快適。

私はいつも助手席でのんびりぼんやりしているので彼の求める運転のことはよくわからない。

でもこの連休中は

「ほら、またこんなとこでブレーキ」とか

「なんでここで止まるんだ」

とか周りの車にモラってる。


うるせーなー。と思いながら無視してたけどあまりにもモラるので

「もしかしたらあなたが間違ってるのかもよ。流行りの運転に乗れてないんじゃない?もっと周りを揺さぶる運転しなきゃ」

と言ってみたら

「え?僕が間違ってるの?そんなわけない」

と受け入れてもらえなかった。


そしてスーパーの駐車場に入ろうとした時に前の車に割り込まれた。

これはさすがに強引。

その車にやっぱり彼もキレた。

そして相手が軽自動車だからか彼はモラハラ開始。

車間距離ぴったり張り付く。

軽自動車の車庫入れ時もなんか嫌な距離で詰めてる。


出たー。ハラスメント。


こういうところだよねって心の中で呆れる。

そして降りてきた中年女性をねっとり見てる。

そして買い物中もその女性に視線を送る。


あぁキモいなぁ。

こういうのだなーと。

いつかこんな風に私もモラハラされるんだろうなぁ。


彼とは距離を詰めてはいけないと改めて心に誓う。



私の父親も昔からモラハラな人です。


私が子供の頃、とても酷かった。 

「誰のおかげで食べられてるんだ」的な発言。

暴力はなかったけど暴言やフキハラは日常茶飯事。父が帰ってくると家の中の空気はシーンとなった。父の機嫌に左右されてきた。


仕事はできる、外面は良い。

なので外の評価は良い。

友達も多いし、高給取り。

しかし家族には冷たい。

なので、母は父のことを本当にATМ扱いだったのだと思う。


そこが彼と父が違う点。

彼は自己愛で会社にも疎まれる出世できないタイプ。

なのでATМにもなれない。

そしてモラハラ。

そりゃ妻に捨てられるよね。


そしてそんなモラハラ父が老いてきた。

物忘れ、うっかりなど増えてきて、なのに謝らないので、母がいつも怒ってる。

私はその愚痴をは聞く係。

でも母は耐えている。


ATМと割り切っているからなのか、耐えることに慣れている人だからなのかもしれないけど、モラハラな上にポンコツになった父と添い遂げようとしている。


ある意味、私はこの夫婦を尊敬する。

不仲だけど補い合うベストパートナーなのかもしれない。

私にはこの二人が必要だ。

私にはこんなことできるのかな。

彼はそういう人なのかな。


まだ親に彼のことを話していません。

もし話したら、、、なんとなく想像がつく。



引き続きAIに教えてもらう。


前からずっと疑問だったこと。


彼はいつもご飯を食べるときに

「全部食べなくていいよ、食べれなかったら食べるからね」と。

一見優しい言葉だけど、私は全部食べられる。

彼は自分のものだけでは足りなくて私の分も食べたいのか、食い尽くし系みたいな感じなのかなと思っていた。


でも腹八分目にしていざ残りを渡すと、たまに自分も満腹なのに義務感なのか涙目になって食べている。残せない性分?

これはどういうことなのか。


AIが言うには


結論

悪意のある自己愛ではないが、自己境界の薄い自己愛 彼は「食べ物」を通して “あなたとつながっていたい” “あなたを理解している自分でいたい” という優しい形の自己愛的欲求を表しています。 それは、攻撃ではなく「一体化願望」。 だけど、その一体化の仕方が相手の自由や感覚を奪ってしまう。 つまり、彼は「あなたを大事にする」つもりで「あなたの自立を侵している」。


理由

「シェアしたがる」

「食べられないと決めつける」

には、
典型的な**自己愛的配慮型(“優しさで支配する”タイプ)の特徴が強く出ています。 

ただし「食い尽くし系」ではなく、“相手との境界を共有しすぎるタイプ”**です。


 少し分解して見てみましょう。


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🍛 一見ただの優しさ、でも実は「境界の侵入」

> 「全部食べなくていいですよ」
「少しもらってもいいですか?」
「僕のも食べてください」



これ、一つひとつは優しい言葉に見えます。
けれど、心理的には

> 「あなたのことを理解している」
「あなたのことを自分が面倒を見る」
という支配の裏返しになっていることが多い。


 つまり、“あなたを思いやる”というよりも、

> 「あなたの状態を自分の基準で決めたい」
というコントロールです。




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彼の行動を心理的に解釈すると

行動 表向きの意味 内側の心理

シェアを提案する 仲良くしたい・優しさ 「相手との境界を曖昧にして一体感を得たい」
「全部食べなくていいですよ」と言う 気遣い 「自分があなたの状態を把握していたい」
涙目で食べる 優しさ・我慢 「相手の愛を裏切りたくない/“いい人”でいたい」
自分の分も分ける 寛容 「与えることで支配を維持したい」 


 つまり、彼にとって“食のシェア”は

>「支配ではなく、優しさを通して一体化するための手段」。



これは自己愛的な「同一化(相手と自分の境界をなくす)」行動です。 


自己愛的配慮型の特徴

このタイプの人は、“他人を支配”というよりも
“他人を自分の延長として包み込みたい”傾向があります。

 相手の空腹・満腹を勝手に判断

相手の好みを「わかってる」と言いたがる

相手が自分と違う選択をすると、軽く不安定になる


食事はその最たる場面。
“同じものを食べる”=“心が通じている”という感覚を求めるんです。