ハートネットTV「対岸の父」を見て。


なんかあれみたい…


母「○○さんはとてもいい人なの。会ってみない?」


子「僕にとってお父さんは一人だけだ。新しいお父さんいらない。うまくいかない」


母「そんなこと言わないで…。○○さんはそんなことないわ。いろんなニュースを見て思うことがあるのかもしれないけど、偏見持たないで」


子「なんで僕は嫌だって思ってるのにそれを変えなきゃいけないの?」



こんなやりとりに見えた。

または子どもの感想を大人がわかるようなわからないような理屈で答えてるように見える時のような。


目的は何だろうか。誤解が無ければ○○になるはずだ、とか?



差別や偏見自体を「是」としてはいないんだけど、


番組ディレクターが「父」という存在に

「個人的な理由で」「こうあってほしい」を

押し付けているかのように見えた。


再婚したいから「自分の」パートナーを

我が子に気に入ってほしい、みたいに。


お父さんはディレクターが子供の頃は

「公」のお父さんとして

お子さんのディレクターに話していたんだろう。


今は「私」として話してるのでは?

お父さんが偏見や差別的価値観持ってるとして

何か大きな影響をを持ったり、失礼なことを

本人に言ったりするんだろうか?

偏見自体を許せないのか、

父の意見を変えたものが許せないのか

「私が思う父像」じゃないのが許せないのかは

知らないけど…


立場が違えば見えてるものも現実も違うんじゃないかな。


近所に、観光者を入れない観光地がある。

観光者は皆文句を言い、愚痴を言い、マイナス評価をつける。私も管理者の良い話を聞いたことがない。

でもそのせいか、事件や事故やオーバーツーリズムの被害はほぼなく、守られているものもある。

その近くには窃盗や放火の被害に遭った場所もあるのに。


同じ国の中でも、同じ日本人同士でも

身内でも、境界線はあるしね。

みなし犯罪者みたいな扱いも。


さて、後半は後でみるか、または見ないか。



個人の感想なので

思うことがあればそれぞれが各々の場所でつぶやけばいい