でもあたまがはっきりしてきたのは
毎日「確実なこと」と向きあっているから。

それは体温。朝顔の観察みたいに。
私が混乱期、ちまちまお小遣いひょう
つけたり、ものの値段や持ち物のメーカー
どうでも良いとおもわれそうなものを
調べたり確認したりしまくったのは
世界と私の確実で安全な繋がりを
確認したかったからだ。
そこには「お前あたまおかしいんじゃないの?」は存在しない。

私の、人と向き合いたくない
自分とだけ向き合いたい、という気持ちは
そこからきてるのかも。
実験してデータを記す私が
不正しようとしない限りは、
不正は起こらない。
他の人が混じったらそうでもない。

*近所のひとに
どこの人?なにしてる人?
って聞かれたら

「虐待から逃げてるから答えたくない
ごめん」

てつたえよう。

誰かの許可をとらないとだめとか
本当は違うのに誰かが「こうだ」と
言ったらそれに合わせなければならないとか。

夢のなかに例のおばさんが出てきた
昨日や今日祖母の祝い事だから
平気な顔してきたのかな、と
また色々狂い始めた。




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確実なこと

は、体温。

予測と変わらない結果を教えてくれる。

やっぱり必要だったな「ひきこもり」

たてこもりともいう。

だって外界に出られないんじゃ、ねぇ。

無理に出ても出た先で壊れて迷惑がかかる。
私の無実を知ってる人がこれを聞いたらショックをうける。
加害者を知ってる人もショックをうける。
両者ともショックのあまり私をせめ、
私が傷つくか
カウンターで
「叱る相手と内容が違うだろこのボケが!!」といえば

正論すぎてその人がおかしくなり
その人を慕ってたよってるいとこたちに
悪影響がある。


でも私はネットで正論はく練習をした。
こちらからはといつめない。
質問してあくまで相手からごめんなさいを
する道を選ぶ。
逆ギレや嘘をついて自滅する道を
選んだなら
「それは違うよね。言ってることとやってること違うよね」と問い詰める。
どっちが本当?と。
嘘てっかいできるならごめんなさいもできるでしょ。

相手から威嚇されても
「それは何のためにやってるの?」
と、相手から「やさしさ」を求めなくなった。
怒らないで、酷いこと言わないで
という「訓練」は
自分に逆らうとそういうエサをやらないぞ
という…

教育?


あ、核心にせまると吐き気が。


しばらくは復讐する気ゼロの
善処に余念が無い良いこちゃんをえんじつつ
片付けしながら古い親戚たちの
住所あつめたりする。

相手の言い分全部聞いて
嘘つけない形でぶっつぶす。
いつもそう。私は全力でクリーン。
嘘つきはそれやられるとまずい
脛に傷がある人。

一番のネックだった祖母宅が片付けば
やりかたをみにつけたら
懸念することはなにもない。