弓道をやっていたとき幸いにも
私の高校の弓道場は新しく、美しかった。
市の弓道場が使えない時に
代わりに場所提供に使えるほどに。
桜も見事だった。
レトロな旧校舎も、美しかった。
そりゃもうレトロな雰囲気に酔いしれるさ!
先生も先輩も同級生もいい人ばっかだし!
進研ゼミの青春漫画そのままかそれ以上に
教科書のようなテンプレどおりの
守られた楽しい時間を過ごしたさ!
あそこにいけば◯◯ちゃんがいる
あの電車には◯◯ちゃんが乗っている
電車がまたレトロで郷愁を誘うのね…
もう思う存分歴史の街てきな←よく知らない
雰囲気味わった
風呂敷とか手ぬぐいとか買うようになったし
風呂好き入浴剤好きになったし←ジャパニーズ
どうやってこの夢みたいな幸せを
繋いで紡いでいけばいいんだろ、と
真剣に考えていた。
ストイックにしていれば皆信頼してくれる
信用してくれる
大人として扱ってくれる
こんなに気持ちの良いことはない。
私も自分像を、そこに背伸びしてあわせる。
現実は、作るものだ!
とか
高校と大学がつながってて
エスカレーターしきならいいのに
と本気で思った。
先輩たちとそんなしたしげには
はなさないけど
たまに会う親戚のおにーさんおねーさん
レベルで(勝手に)慕っていた。
だって中学までは正直
なんだてめー
と思うような田舎ヤンキーばかりだったのに
なんか皆礼儀正しいし
親切だし
先輩たちが本当に'大人'で
勝手に全員のファンになっていた
し
それは私だけじゃなくて
同級生もその感覚はもっていて
挨拶できたら男女とわず
きゃーきゃーしてた
いちいち毎日本当に全部記録したくて
日記かいてた
恵まれすぎて楽しすぎると
なかなかあたまが切り替わらない
今も「あのとき」の夢みたいな時間を
ひきずる。
全てが「あのとき」基準。
だから本気で何かにのめり込んだり
楽しくなっちゃうのが怖い。
トモダチですら、恋人かよ!!という位
会えないのが辛い。連絡出来ないの辛い。
こんなこと思ってるの自分だけなんじゃないかと思うと辛い。
また、それを知られて気を使われるのも
私に気を使うあまり相手が自分の人生全う出来ないのも嫌だ。
相手の邪魔にならないように、
充実してるぽく見せるために、
毒にも薬にもならないような
長持ちするような
「確実に良い事」にばかり
のめり込んで時間をつぶす。
いろいろ大事にし過ぎたら
絶対破綻するんだもん。
何かは辞めたり諦めたりしなきゃならない。
こんなに受け身でもこんなに忙しい!!
大事なものが出来ることは辛い。
いつ失ってもいいように
切り分けて保存する…
いまそんなかんじ。
それはさておき
弓道場から見る満月、満開の桜…
みたいな風景に酔いしれちゃった私は
こんな入浴剤がすきだった
じゃん
多分、父方母方両方の祖父母宅に
行くのを楽しみにしてますよという
レトロジャパン肯定の意思表示?
(こどもって本当に天皇なみに
一挙一動気を使うんですよね…
「◯◯が好きなのは◯◯の影響かしら」とかね、思わせるから)
'なんたらの休日'好きなのは
たまたま祖母宅のお中元お歳暮にあった
入浴剤がそれで中学生のとき
ちょっとストレスたまってた私は
アロマに詳しくなり
大事な出来事の直前は
その入浴剤でお風呂にはいって
精神と身を清める、みたいな
儀式的行動をとることにしてた。
大事な出来事はそうやって
インパクトつけたり
ショックやわらげたりして
とちゅうだけどそうしん


