4/7 15:53 にかいたもの
知恵袋にて
私も「やってます!」といえなかったのは
何年かかるかゴールがさっぱり見えなかったから。
悪影響受けないためにも、
「それをしてる私」を私しか知らない状態にしたかった。私すら、汚い状態をおぼえていたくない。
真珠の選び方で
必ず、最高級品からみないと、
質の悪いものから順にあげていくと
そんなに良いものじゃなくても
良いものな気がして手をうってしまう
とあった。
知人のバイオリンコンサートに
いったときも
幼稚園→小学生→中学生
になると、あら!うまい!
と思ってしまうけど
高校生→大学生になると
あ、すいません
さっきの私の話は寝言かなんかです
になり
プロの演奏きくと
さっきの雑音てなんだったのかしらね!!
になると実感した(中学生のとき)
10さがって1あがっただけで
希望はまだある!まだなんとかなる!
やり直せる!
というような物語が多いけど
そんなわけねー。
なんでさがるんだよ
なんでさげるんだよ。
きっちり、途方のなさと
高すぎる理想と
どっちも持ちたい。
じゃなきゃ、できないもんね
「まだなんとかなる、たいしたことない」という
現実逃避してゴミ捨てるなんて。
今生きてる人しかできないのに。
知恵袋でこんなのが
↓
年に数回、所属するNPO団体が企画する海岸清掃(砂浜海岸のみでなく、干潟や磯などの清掃も)に参加しています。その他個人的にも、4月~11月くらいまで、海に遊びに行く度に必ず、周囲のゴミ拾いをして帰ることを習慣にしています。
海岸清掃をしていつも感じるのは、(皮肉なことですが)「ゴミが出された後の清掃では限界がある。」ということです。何十人もの人間が丸一日、泥と砂にまみれて作業して、トラックに積みきれないほどのゴミを泥や砂の中から掘り出しても、残念ながら「海岸が綺麗になった」という実感が得られるには至りません。私たちが作業するのは観光業者さんや自治体などが定期的に清掃している海水浴場などではありませんから、何年分ものゴミが、何層にも重なって放置されています。その間に植物が根を張り、カニなどの動物も住み着いていたりします。そこからペットボトルや発泡スチロール、レジ袋などを掘り出すのですが、そこまで苦労して長い海岸線の中のほんの一部のゴミを取り去っても、3か月後に同じ場所に行くと再び、その間に捨てられたり漂着したゴミがたまっている。そんなことの繰り返しです。
(私たちが作業を終えてゴミをまとめている間にも、新たなペットボトルやレジ袋がどこからか風に流されて来て、先ほどゴミを集め終えたばかりの葦原の奥に消えて行きます…。)
また海水浴シーズン中やその直後などには、お弁当やバーベキュー等で出たゴミを一つにまとめたレジ袋などが大量に出てきます。わざわざまとめているのですから、そのまま自宅まで持ち帰れば良いのに、なぜそれを野外に捨てていくのでしょう?(苦笑)理解に苦しみますが、まあ、実態はそんなものです。
そんな状況ですから、私には、自分たちのゴミ拾いが海岸環境の改善に具体的に役立っているという実感はありません。むしろ「焼け石に水」で、無駄なことだと思う気持ちの方が強い。中には「こんな馬鹿馬鹿しいことはやっていられない。」と思う方もいるでしょう。
ただ私個人に関して言えば(仲間たちの多くも同じことを言いますが)、そうした実態を知ることは大変良い勉強になりますし、これからもっともっと多くの人に、是非この「無駄な努力」に参加して欲しいとも感じています。
なぜならば、そうしてゴミ拾いをしてみると、私たちが普段何気なく、特段の悪意もなく行っていることの結果が、現在の海岸の状況に現れているのだということを、何よりも強く感じることが出来るからです。あるいは、私がかつて、ついうっかり捨ててしまったゴミがやはり、違うどこかの海岸で同じように泥の中に埋もれているのかもしれないと想像するからです。そしてその結果、それがたとえ「私が出したゴミ」でなくても、そこにあるのは「私たちが出したゴミ」には違いない。と考えるようになるからです。つまりゴミ拾いは何よりも、自分自身の日々の暮らしの反省の契機となるのです。
それを「自己満足」と言う人はいるでしょう。否定しません。
しかし作業を終えた時、高く盛り上がったゴミの山を見て感じるのは、「満足」とは正反対の感情です。むしろまだまだゴミが残っているのに、それを残して帰ることに対する「後ろめたさ」。特に初めてゴミ拾いに参加した人は必ず、「悔しい」「申し訳ない」と口にします。(特に海辺でゴミ拾いをしますから、潮が満ちて来て「時間切れ」になり、目の前にあるゴミをむざむざ、回収できずに帰ることも多いのです。)
結果、ゴミ拾いの参加者は皆、「自分は絶対にゴミを捨てないようにしよう。」と考えるようになりますし、「このゴミを減らすにはどうしたら良いのだろう?」と、それを他人事ではなく、自分自身の問題として考えるようになります。ゴミ拾いをする我々にとっては、それは何よりも、そうした「学びの機会」です。
ですからもし質問者さんが、少しでもゴミ拾いにご興味・ご関心をお持ちなのでしたら、まずは一度、実際にやってみると良いと思いますよ。事前に考えていたこととは違う発見があり、学びがあると思います。
「ボランティア」と言って、別に肩に力を入れる必要はありません。逆にもちろん、威張ったり自慢するような話でもありません。街中だって海辺だって、ゴミなんか落ちていない方が気持ち良いに決まっているんですから、だったら時間と体力に余裕がある時に、普段自分が遊んでいる街中や海辺のゴミ拾いをしたって良いじゃん?と、その程度に考えて(笑)、気軽にやれば良いのだと思います。そこから何か学ぶのか、あるいは何か見つけるのか、それは実際にやってみた人それぞれでしょう。それで良いと、私は思います。
ご参考までに。