私は今、有る意味自由だ。

早朝だろうが夜中だろうが。

帰宅途中につかれて眠くなってしまう。

さむいけど、しばし車中泊。


そととつながりがあるときは

なにがなんでも家に帰らないと
近所の人が
今日は何時に帰ってきた、とか
いうんじゃないか

とか

こんないかにも女が乗りそうな車で
車中泊したら襲撃されるんじゃないか
覗かれるんじゃないか

とか

そのときは
はじめから丸腰宣言してるのに
(社会人ですからね、私は敵じゃないですよー、ってだれに対してもします)
それにつけこんでくる人のマインドがみにくくて
散々なやんできた私は
ものわかりよさそうな外側を利用して
たとえ社会的に心中しても
相手が私につけこんで屈させるのやめなかったら、相手 が墓穴を掘って社会的に死ぬシステムつくろう
自爆のスイッチ自分で押すがいいよ
と、想像するだけでなく実行してしまった
2012年…いや、去年までは
よく、身に覚えがないにもかかわらず
死体があって、これは自分がやったもので
隠蔽工作しながら思い出して安全に処理しないと!
とあせる夢ばかり見ていた。

起きて、その状況につながる記憶とつなぎ合わせて、生身の自分は人を殺してないことはわかるけど
DV加害者が被害しゃを人じゃなく
サンドバックとしかみてないのと同じで
私は加害者を「状況次第で頃していい人」


ああ、自由がてーまだった



わるいことするきがないというか

疑われた末に無罪だったときの
後味の悪さったら
ダウト!言った奴が割りをくうとか
そっちのがよほどスリルと爽快感がある

どんどん疑え、どんどん怪しめ
どこで、どんな理由で誤診するのかみてやる、解説してやる
そうしないと話つうじないからな


だから今私はわりと存分に良いことするために
きょかなくたちいり、きょかなくかったりなおしたりあらったり。
侵略して良いことしてる。
礼であり餞別。

物事を解決する私からなにかまなべば
自分でもできるようになるが
私にやらせて満足してるならもう
せいちゅうできやい

ねむい