ものっすごくよくわかるんだけど

人間関係でいやなめみると

二度とそれを繰り返さないように

「それ」が基準になって

そのことばかりかんがえる


あなたは敵なの?!味方なの?!
私を異常者扱いするの?!

これで

「私は異常者あつかいされてます」

って自己紹介になる。


「俺は痴漢なんかしてねぇぇえぇー!!」

真偽はともかく、痴漢扱いされてます。
という自己紹介。

真偽はともかく、「痴漢の人」。


俺は痴漢なんかしてねぇ!
俺と痴漢は無関係だ!!!


でも単語ばっかり印象にのこるので

ああ、痴漢事件の人。





ある若手医師がいっていた。

患者のなかには医師を試す人がいてやりづらい。知ってる薬の知識をとうとうと話したり、詳しく問診して行くと「そこまでたどり着いた医者はあなたが初めてですよ」
と、にやりとされる。何様なんだ!

と。


こうコメントした。

確かめ行動するということは、今度こそ信じたいのではないか。
今まで不信になりそうな扱いを受けたから、自分が相手を「診察」して信用できるかどうかはかっているのでは。
彼らなりに、信頼できる医者と、
本当の病名や治療法にあたるための
必死で誠実なやり方なんだ。どうか怒らないでやってくれ、彼らも苦しんだ、と。

なるほど、さんこうになった、といわれた。


実体験だからだ。

たまたまだ。

私が50のおっさんで、医師が30前後のわかぞーだったら同じように値踏みする。
ガキの教材になる気はねぇ。
話わかるやつ連れてこい、こっちは命かかってんだ、ってね。


警戒することで

いままでそんなめにあってきました

と身の上話してるようなものだ。

それをしたいならいいけど

無関係の人に当たり屋するのはどうなんだ…