ひとさまのブログ
http://sanmarie.me/kibishisa
もし私が我が親にもう一度リクエストできるなら、「もっと厳しい道に放り込んで欲しかった」──この一言に尽きます。
もちろん、蝶よ花よと甘やかされて育ったわけではないし、どちらかといえば厳しい方、食事や遊びなど、生活習慣にもいろんな取り決めがあって、近所の「カールを一袋、全部食べてもいいユキエちゃん家が羨ましい」とか「友達同士でロッテリアに行っても怒られないノリちゃん家が羨ましい」とか、そういうレベルの不満が絶えないような環境だったんですけどね。今にして思えば、7歳の時からカールを一袋食べてもいいような家庭じゃなかったから体型で悩んだことなかったし、ロッテリアにも堂々と行ける環境じゃなかったから(よし、さっさと家出て、自立しよ)と独立心が育まれたんですけども(笑)
そんな私の幼児歴において、痛恨の出来事が「習字の教室」でした。私が子供の頃は、習い事といえば「そろばん」「ピアノ」「習字」が主流で、私も例にもれず全教室制覇した口ですが、わけても5歳の時から通い始めた習字教室、ここで私は人生最初の挫折を味わったのです。
なんと、「いぬ」の「ぬ」という字が書けない。
どこをどう捻っても、あの「ぬ」という字が書けなかったんです。
で、幼少期の私は万能感の塊みたいな子供でしたから、「ぬ」の書けない自分が許せない、先生に赤字で訂正されるのも屈辱だ、というわけで、ある日、習字教室に行く直前になって、「習字はイヤだ、やりたくない」と、家中、泣いて逃げ回ったわけです。
すると我が親はどうしたか。「そんなにイヤなら、じゃあ、止めたらいいよ」と、やめさせちゃったんですね。
それが人生最初の、大きな、大きな過ちでした。
そこで私は「辛くなったら逃げてもいい」ということを学習してしまったからです。
もし、あそこで、親が粘って、「じゃあ、『ぬ』が書けるまで頑張っろう、一緒に練習しよう」と声かけしてくれたら、あるいは、「なにを甘えたことを言ってるんだ! ここが踏ん張りどころじゃないか」と叱咤してくれたら、『最後まで粘って達成する』という、人生において非常に重要なポイントを早くに学ぶことができた、と思うんですね。
私、「辛くなったら逃げてもいい」という思考回路を正すのに、20年以上かかりました。
普段はいつも頑張り屋さんなんだけど、あと一歩、というところで気持ちが挫けてしまい、最後には上手く行かなくなってしまう。それで、なんでだろ、なんでだろ、と煩悶する、そういうタイプだったのです。
自分を見つめ直すきっかけになったのは、テニス漫画の金字塔『エースをねらえ!』のセリフ。
関東地区の選抜メンバー入りをかけた試合で、宗方コーチが岡ひろみに言う言葉。
『もうダメだと思ったら、もう一歩、粘れ』(うら覚えで申し訳ないですが)
実際、ひろみは試合途中、強敵を相手に心が挫けそうになります。コートに倒れ込み、「もうダメ」と半泣きでコーチの方を見つめるけれど、コーチは微動だにせず、じっとひろみを見つめるだけ。その時、ひろみの心に去来するのが上記のコーチの言葉。ひろみは気を取り直し、再びコートに立ち上がり、ついに強敵を打ち下します。それを見ていたお蝶夫人や藤堂さんら先輩が「ああ、成長した」と実感する──本当にいいエピソードです。
以来、私も『もう一歩』の気持ちで粘れるようになった。
でも、本当は、こういう粘りを「ぬ」の字の時から育むべきだったんですよね。
「親のせい」と言いたいわけではないけれど、もっとあそこで厳しく接して欲しかった──というのが正直な気持ちです。
とはいえ、子供の習い事は、どこでギブアップさせるか、さじ加減が難しいんですけど。逆に、厳しくしたがためにトラウマになることもあるのだし。子育てはいろんな意味で「結果論」ですよね。どうすれば正しいか、なんて、親にも、子供自身にも分かりません。
かのような理由があって、私は、プロフェッショナルの世界が好きです。
スポーツでも、音楽でも、絵画でも、経営でも、厳しい指導を受け、己を律し、高い目標に向かって一歩一歩駆け上がってゆく世界が一番幸せに思います。
私がプロの世界の第一線で活躍している人を羨ましいと思うのは、有名だからとか、たくさん稼いでるからとか、そういう部分がメインではないです(そりゃ人間ですから、そういうのも羨ましいナァとは思いますが)。
子供の頃から、人並みな楽しみとはかけ離れたところで、高いスキルを学び、精神を養い、素晴らしい哲学に触れ、凡人には逆立ちしても味わえないような高揚感も幸福感も味わえるからです。もちろん、その代償に、苦悩や痛みも人一倍でしょうけど。
そういえば、バレエ漫画『SWAN』の第一巻で、地方のバレエ団からハイレベルなコンクールに挑戦した主人公の真澄ちゃんが、地元に帰ってから得も言われぬ虚しさを感じる場面があります。その時、彼女が悟ったのは、「コンクールで優勝したい」ということではなく、「どんなに辛くてもいいから、心も技も磨き抜かれた人たちの中で高みを目指して生きたい」という憧れでした。
私もそれと同じです。
やはり、この世に生を受けたからは、高い目標を目指して、自分の限界ギリギリまで力を試してみたいし、ハイレベルな次元での切磋琢磨、というのも経験してみたいですもん。あんた東大、オレ京大みたいな話じゃなくて。
そう考えると、子供の頃から厳しい世界を知り、身も心も鍛錬されて、全力を尽くすことの楽しさを知っている子供は、本当に幸せだなぁ、と思うんです。
人一倍、泣いて苦しむことも多いだろうけど、何かを達成した時の喜びもひとしおだろう、と。
「厳しく叱らず、のびのび子育て」とか「無理せず、がんばらず、ゆるく生きる」とか言うけども、それで何の苦労もない、悩みも痛みもしない暮らしを手に入れたところで、どんな達成感や充実感があるのだろう、と時々思います。もちろん、穏やかな日常にささやかな幸せを見出して生きるのも人生にちがいないけど、私はあんまり羨ましくない。やはり、ギリギリ限界まで力を尽くして、ついに目標を達成した、そんな生き方に憧れます。それは、場合によっては、義理親の介護だったり、パートの掛け持ちだったり、母一人の子育てだったりするかもしれない。それでも最後までやり遂げ、「ああ、本当によく頑張った」と思えたなら、バレエのコンクールで一位になるぐらい価値のあることなのかもしれません。
今は、もしかしたら、『厳しさ』に出会うのが難しい時代かもしれない。
結局のところ、友達にも、後輩にも、我が子にさえも無関心。
相手の為を思って、ボロボロ泣きながら説教することもなければ、心を鬼にして突き放すこともない。
何もかもが「ゆるく」「なあなあ」、そんでもって「繋がってる」という。
ホントかしら?
子供時代や若い頃を振り返った時、誰にも叱られたことがない、厳しく指導されたこともなければ、このクソ! チクショー! 今に見ておれ! と悔しさに燃えてメチャクチャ頑張った経験もない──って、実は、とっても淋しいことのような気がします。
だって、それだけの関心も愛情も情熱も注がれたことのないアナタという人間は、いったい何? 空気? そこに居るだけ? って思いますからね。
本当に相手の未来や幸せを思えば、↓ みたいに叱りたくなる時もあります、って。
誰にも何も言われないのは、アナタがどうなろうと、知った事じゃないからです。
§ 動画
バレエのレッスンを受ける5歳の少女です(ロシア)。
今、これだけ踊れるからといって、将来、世界のプリマになれるかどうかなんて、誰にも分かりません。
もしかしたら、高い目標を達成できずに、若くして絶望のドン底を味わうかもしれないし。
それでも、それでも、人は何かに向かって進まずにいない、人生とはまさに「チャレンジ」です。
こんなビデオ見てたら、「今の日本は終わってるし、努力したってムダだよね」なんて恥ずかしいと思いません?
世の中がどうあれ、あなたは人間としてどう生きたいのか、与えられた人生を何に使いたいのか、ということを問いかけるような動画だと思います。
§ エースをねらえ!
この漫画も名言の宝庫です。
厳しいコーチや素晴らしい先輩に出会い、上に引っ張り上げてもらえる……って、とても幸せなこと。そこまで見込まれるのも才能のうちです。そうした、ひろみの資質について、周りは「素直」という言葉で表現しています。
上記で紹介したエピソードは、この巻に収録されてるはずです。(確証80パーセント)
エースをねらえ! 4 (ホーム社漫画文庫)
新品価格: ¥ 650 65点の中古 & 新品 ¥ 1(最安値)
の最終選考。荒削りながらも無限の可能性を秘めたひろみのプレイは、日本庭球協会理事らの注目を集め、正式メンバーに選ばれた。お蝶夫人たち3年生はクラブを引退、ひろみ自身がテニス王国・西高テニス部の伝統を伝える立場となり、また、宝力、樋口、アンジーなど強力なライバルが次々と現われて……ひろみに大きな転機が訪れる。
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もし私が我が親にもう一度リクエストできるなら、「もっと厳しい道に放り込んで欲しかった」──この一言に尽きます。
もちろん、蝶よ花よと甘やかされて育ったわけではないし、どちらかといえば厳しい方、食事や遊びなど、生活習慣にもいろんな取り決めがあって、近所の「カールを一袋、全部食べてもいいユキエちゃん家が羨ましい」とか「友達同士でロッテリアに行っても怒られないノリちゃん家が羨ましい」とか、そういうレベルの不満が絶えないような環境だったんですけどね。今にして思えば、7歳の時からカールを一袋食べてもいいような家庭じゃなかったから体型で悩んだことなかったし、ロッテリアにも堂々と行ける環境じゃなかったから(よし、さっさと家出て、自立しよ)と独立心が育まれたんですけども(笑)
そんな私の幼児歴において、痛恨の出来事が「習字の教室」でした。私が子供の頃は、習い事といえば「そろばん」「ピアノ」「習字」が主流で、私も例にもれず全教室制覇した口ですが、わけても5歳の時から通い始めた習字教室、ここで私は人生最初の挫折を味わったのです。
なんと、「いぬ」の「ぬ」という字が書けない。
どこをどう捻っても、あの「ぬ」という字が書けなかったんです。
で、幼少期の私は万能感の塊みたいな子供でしたから、「ぬ」の書けない自分が許せない、先生に赤字で訂正されるのも屈辱だ、というわけで、ある日、習字教室に行く直前になって、「習字はイヤだ、やりたくない」と、家中、泣いて逃げ回ったわけです。
すると我が親はどうしたか。「そんなにイヤなら、じゃあ、止めたらいいよ」と、やめさせちゃったんですね。
それが人生最初の、大きな、大きな過ちでした。
そこで私は「辛くなったら逃げてもいい」ということを学習してしまったからです。
もし、あそこで、親が粘って、「じゃあ、『ぬ』が書けるまで頑張っろう、一緒に練習しよう」と声かけしてくれたら、あるいは、「なにを甘えたことを言ってるんだ! ここが踏ん張りどころじゃないか」と叱咤してくれたら、『最後まで粘って達成する』という、人生において非常に重要なポイントを早くに学ぶことができた、と思うんですね。
私、「辛くなったら逃げてもいい」という思考回路を正すのに、20年以上かかりました。
普段はいつも頑張り屋さんなんだけど、あと一歩、というところで気持ちが挫けてしまい、最後には上手く行かなくなってしまう。それで、なんでだろ、なんでだろ、と煩悶する、そういうタイプだったのです。
自分を見つめ直すきっかけになったのは、テニス漫画の金字塔『エースをねらえ!』のセリフ。
関東地区の選抜メンバー入りをかけた試合で、宗方コーチが岡ひろみに言う言葉。
『もうダメだと思ったら、もう一歩、粘れ』(うら覚えで申し訳ないですが)
実際、ひろみは試合途中、強敵を相手に心が挫けそうになります。コートに倒れ込み、「もうダメ」と半泣きでコーチの方を見つめるけれど、コーチは微動だにせず、じっとひろみを見つめるだけ。その時、ひろみの心に去来するのが上記のコーチの言葉。ひろみは気を取り直し、再びコートに立ち上がり、ついに強敵を打ち下します。それを見ていたお蝶夫人や藤堂さんら先輩が「ああ、成長した」と実感する──本当にいいエピソードです。
以来、私も『もう一歩』の気持ちで粘れるようになった。
でも、本当は、こういう粘りを「ぬ」の字の時から育むべきだったんですよね。
「親のせい」と言いたいわけではないけれど、もっとあそこで厳しく接して欲しかった──というのが正直な気持ちです。
とはいえ、子供の習い事は、どこでギブアップさせるか、さじ加減が難しいんですけど。逆に、厳しくしたがためにトラウマになることもあるのだし。子育てはいろんな意味で「結果論」ですよね。どうすれば正しいか、なんて、親にも、子供自身にも分かりません。
かのような理由があって、私は、プロフェッショナルの世界が好きです。
スポーツでも、音楽でも、絵画でも、経営でも、厳しい指導を受け、己を律し、高い目標に向かって一歩一歩駆け上がってゆく世界が一番幸せに思います。
私がプロの世界の第一線で活躍している人を羨ましいと思うのは、有名だからとか、たくさん稼いでるからとか、そういう部分がメインではないです(そりゃ人間ですから、そういうのも羨ましいナァとは思いますが)。
子供の頃から、人並みな楽しみとはかけ離れたところで、高いスキルを学び、精神を養い、素晴らしい哲学に触れ、凡人には逆立ちしても味わえないような高揚感も幸福感も味わえるからです。もちろん、その代償に、苦悩や痛みも人一倍でしょうけど。
そういえば、バレエ漫画『SWAN』の第一巻で、地方のバレエ団からハイレベルなコンクールに挑戦した主人公の真澄ちゃんが、地元に帰ってから得も言われぬ虚しさを感じる場面があります。その時、彼女が悟ったのは、「コンクールで優勝したい」ということではなく、「どんなに辛くてもいいから、心も技も磨き抜かれた人たちの中で高みを目指して生きたい」という憧れでした。
私もそれと同じです。
やはり、この世に生を受けたからは、高い目標を目指して、自分の限界ギリギリまで力を試してみたいし、ハイレベルな次元での切磋琢磨、というのも経験してみたいですもん。あんた東大、オレ京大みたいな話じゃなくて。
そう考えると、子供の頃から厳しい世界を知り、身も心も鍛錬されて、全力を尽くすことの楽しさを知っている子供は、本当に幸せだなぁ、と思うんです。
人一倍、泣いて苦しむことも多いだろうけど、何かを達成した時の喜びもひとしおだろう、と。
「厳しく叱らず、のびのび子育て」とか「無理せず、がんばらず、ゆるく生きる」とか言うけども、それで何の苦労もない、悩みも痛みもしない暮らしを手に入れたところで、どんな達成感や充実感があるのだろう、と時々思います。もちろん、穏やかな日常にささやかな幸せを見出して生きるのも人生にちがいないけど、私はあんまり羨ましくない。やはり、ギリギリ限界まで力を尽くして、ついに目標を達成した、そんな生き方に憧れます。それは、場合によっては、義理親の介護だったり、パートの掛け持ちだったり、母一人の子育てだったりするかもしれない。それでも最後までやり遂げ、「ああ、本当によく頑張った」と思えたなら、バレエのコンクールで一位になるぐらい価値のあることなのかもしれません。
今は、もしかしたら、『厳しさ』に出会うのが難しい時代かもしれない。
結局のところ、友達にも、後輩にも、我が子にさえも無関心。
相手の為を思って、ボロボロ泣きながら説教することもなければ、心を鬼にして突き放すこともない。
何もかもが「ゆるく」「なあなあ」、そんでもって「繋がってる」という。
ホントかしら?
子供時代や若い頃を振り返った時、誰にも叱られたことがない、厳しく指導されたこともなければ、このクソ! チクショー! 今に見ておれ! と悔しさに燃えてメチャクチャ頑張った経験もない──って、実は、とっても淋しいことのような気がします。
だって、それだけの関心も愛情も情熱も注がれたことのないアナタという人間は、いったい何? 空気? そこに居るだけ? って思いますからね。
本当に相手の未来や幸せを思えば、↓ みたいに叱りたくなる時もあります、って。
誰にも何も言われないのは、アナタがどうなろうと、知った事じゃないからです。
§ 動画
バレエのレッスンを受ける5歳の少女です(ロシア)。
今、これだけ踊れるからといって、将来、世界のプリマになれるかどうかなんて、誰にも分かりません。
もしかしたら、高い目標を達成できずに、若くして絶望のドン底を味わうかもしれないし。
それでも、それでも、人は何かに向かって進まずにいない、人生とはまさに「チャレンジ」です。
こんなビデオ見てたら、「今の日本は終わってるし、努力したってムダだよね」なんて恥ずかしいと思いません?
世の中がどうあれ、あなたは人間としてどう生きたいのか、与えられた人生を何に使いたいのか、ということを問いかけるような動画だと思います。
§ エースをねらえ!
この漫画も名言の宝庫です。
厳しいコーチや素晴らしい先輩に出会い、上に引っ張り上げてもらえる……って、とても幸せなこと。そこまで見込まれるのも才能のうちです。そうした、ひろみの資質について、周りは「素直」という言葉で表現しています。
上記で紹介したエピソードは、この巻に収録されてるはずです。(確証80パーセント)
エースをねらえ! 4 (ホーム社漫画文庫)
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の最終選考。荒削りながらも無限の可能性を秘めたひろみのプレイは、日本庭球協会理事らの注目を集め、正式メンバーに選ばれた。お蝶夫人たち3年生はクラブを引退、ひろみ自身がテニス王国・西高テニス部の伝統を伝える立場となり、また、宝力、樋口、アンジーなど強力なライバルが次々と現われて……ひろみに大きな転機が訪れる。
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