ある、ヨガ講師の方(ばれそう)
にいろいろ質問してみた。
○○なのは▽▽だからだ。(精神論)
と断定口調?だったので
私も迷ってる事があってこう思うんですが、
のといかけに
そうですねきっとそれはまるまるだからでしょう
と最初は話があっていた。
でもだんだんその方のポリシーが極端なように思えて
身近な例を交えて
こういう場合はどのように思われますか?
と聞いてみた。質問自体は悩ましいけど、意地悪で聞いてるわけではない。
新しい見解をしりたかったからだ。
そしたら
ブログの記事自体が消えていたのよ。
なかった事になってた。
おい私の身を削った質問は?失礼じゃないのか?自信満々の持論は?まよえるわたしに根拠を教えてくれよ。
ではないけど
質問自体が消えてるんですが、、
と聞いてみると
またコメントが反映されなかったり
記事自体が消えていたり。
ついにはコメント自体が禁止になっていた。
おい荒らし扱いしてんじゃねぇ
まともな話題しか振ってねぇぞ
信用出来そうな方かどうか
質問である程度その方の考え方を掴んだら、ききたいこといっぱいあったのに。
現に質問したら即答してくださってすっごく参考になって、もっと
それなんですか?教えてください!
ってきこうとして、たのに。
なぜなの安部吉孝∞さん、、。
ちなみにうろおぼえの削除された話題
「鏡の法則」という懐かしいアレについて。
自分が変われば相手も変わる的な。
安部さんはまるまるその本にかかれている事を盲信しているようだけれど
私はあれは盲信したら危険なものだと思っている。宗教に近い。
・酷い扱いされるのは自分に原因があるのではないですか?
占いにも近いかな。
身を削った質問とは
虐待や過干渉に苦しんでるひと。
これは私は100パーセント やる 側の都合でなされている。
だって改善されたら困るから。いじめる相手がいなくなってしまう。
お前がまるまるだからだ!と難癖をつけるのに、改善されても喜ばない。
次の難癖をみつけたり、改善自体をなかったことにされる。
たとえば、わたしは実験的に
自分の想像できる範囲で(それでもかなり情報収集して調べた)
修行僧のような「禅」的な青春時代を送りました。
誰がみても、危ない位、極端な位、ストイックなのは周知の事実でした。
きうどうやってらたけど
そこまできうどう愛してる人に会えてお話しできて幸せ、っていわれる位。
でも父は私がどんな学生生活をし、どんな友人と過ごしたかはまったくみておらず
「非行に走る恐れがあるから」という名目でたとえば夏休み、連続でない
3日の外出をもくげきし
(バイトの面接、図書館、大学の登校日)
いってきます、と挨拶しドアをあける私の背中に
遊びすぎだ!!!
と罵声を浴びせた。
意味がわからない。
昔からそこまで壊滅的におかしかったのではないです。
むしろこの世の秩序を全て知ってるんだろう位に思ってました。
何か至らない誤解を招く部分があるんだろう、本当になにか心配なんだろう、と思って本当に極端に忍者のように侍のように、やったことできる事はあとから人に話す時ネタにできればいいから、位に
一ミリのスキもなく
それこそ精神科医に後々
強迫神経症を疑われるほど、微に入り細に入り、隙をつくらず、これでもかというほど鉄壁の要塞を自分で作り上げ悦に浸っていた。
早く大人になりたかったから。
重要な相談をされたり、提案が的をいて大人達の役に立てるように、
大人達のサミットに参加して自分のまわりの環境を変えられるように。
はなしは変わる
何年か前
就職を控えた真面目な普通の若い男性が、いきなり警察に
あんた痴漢したでしょ。証拠もあるんだよ。
と、身柄を拘束され取り調べをうけ、
拘留がきまり、なんの落ち度も思いあたりもなく、冤罪とはいえ不名誉な痴漢の容疑で一方的に全てが決まってしまったことに絶望し、
取り調べから解放されたその足で電車に飛び込んで自殺した、という事件があった。
あまりの取り調べのおかしさに
男性は事情聴取のやりとりを録音していた(ドキュメンタリーにて放送されていた)
にも関わらず警察は
事情聴取と自殺との因果関係は認められない、と発表し
彼のお母さんが今署名を集めて裁判起こしてるのかな?
彼にどんな鏡の法則が当てはまるだろうか。
ちなみに警察はこのあと
おとり操作の女性警官が自分から通行人に近づきぶつかって
他の男性警察官が目撃者になって
むねさわったろ!ってやって
通行人に訴えられて
むねさわったとかいいつつ服から通行人の指紋がみつからないとか
他の通行人が警察官からぶつかってくのをみたとか証言があって
裁判所でおこられたという事件がありましたが
あんたが痴女じゃん
あんたらがあたり屋のつつもたせじゃんこの犯罪者どもめって話ですよね。
検挙率あげたかったのか
むしゃくしゃしてやったのか
犯罪者のやることはよくわからをけど
これ、やるがわの都合だって分かると思う。誰からみても。
と、これはわかりやすすぎる例だけど
過干渉や優しい虐待については
本人に歪みがあるからそういった人を引き寄せるのだろう、という見解でした。
ここからは私の推測。
何かを断言できるとき、普通は根拠となる体験があるはず。
検証してうたがってうたがってだまってみたけどやっぱりそうだったんですよ。
という、自分の経験から濾過したひとしずくがあるはず。なんらかの体験、経験、シンクロがあるはず。
根拠があるはず。理由があるはず。
なんだけど。
弁明もなにもなく、記事自体が、発言自体がなかったことにされた。
私はそんなこといってませんよみたいな。
で。
よく見かける現象で
Aという仮説がまかり通ってるとき
より緻密で強力なBの説が生まれると
Aを否定して
いまは違うんですよ、遅れてるー
みたいになる。CDEと新説が生まれるとそちらが強力で偉い事になり
どんどん天井が高くなる。
ある特徴がある。
A説を馬鹿にしていまはBなんだよー、と見下し自分の方が上、としたがる人は、かつてAだった人。
同族嫌悪ではないけど
自分はそこから一歩抜きん出たもんねー
という為の新説披露、パフォーマンス。
自分の考がBといっしょだからBじゃない
AでないためにBを支持する。
自尊心の低い大学生がもっと低い人をみてpgrするのといっしょ。
相手を的確に批判できるのはかつて自分がそうだったから。
馬鹿にすることはできても
確信をもって道を示す事ができない。
なんとなく
断定するには論拠が浅い。
私もまるまるのとになになにだったからしみじみそうおもったんです!
みないな話に、自己開示してこない。
ログ遡るとなんか
かつて自分はおこりっぽくて
でもそれが今のこれを産んだのだ!
成功だ。よかたよかた
みたいな事がかいてあって
この人は、とりあえず
自分を皇帝したい事が第一なのかな?
とおもた。
なんか、自分の経験から作り出したワクチンがなくて、(ないわけじゃないんだろうけど)そのときそのとき至高と言われてるものにとびつい、、てるというほどかるがるしくないんだけど
はらにずんとこない。
あーうんうん、てならない。
あー、うん、、、?みたいなとこでとまり検証しないと気持ち悪くなる。
違和感のこす話し方するのは
話に興味をもって欲しい人に
やったりする事はあるけど
なんかいわかん。
断定が嫌いなわけでもおじさんバッシングでもない。私はむしろ年齢を重ねた男の人は尊敬の対象にある。ロールモデルでもある。
だからこそ、そうですよね!って発言を素直にうけとれないこちらももんやりしているのだ。
悩めるときこそ真水がほしくなる。
健康だと多少にごっててもはきだしゃいいやとかおなかくだすですむけど
はきだすつばもないほどせっぱつまってるときほど
自信満々のまがいものがやっかいなことはないから。
まあこの人のブログはあらかじめ
自己満足にジャンルわけされていて
逃げ道がはっきり記されている。
まあ逃げっていうか。
綺麗に感覚のヒダを剪定してとりのぞいて自分の立場守ってきたんだなぁって感じ。
なんちゃら論のきけんさをよくわかってない人がよく、かつての自分Aを否定するためにB説をとなえるのは
私は宗教ですくわれました
そんな私と宗教を肯定する為にも
あなたも私と宗教を肯定してください
とか
わたしもかつてなやんでたので
カウンセラーになって皆を助けてあげたいんです
とかかなぁ。私どうですか系を人助けといわれるともんやりくる。
極端な人の極端な文章ってだれかは目にするから、そして発言に責任持たないなら、一方的に目にした人を傷つけて終わるんだよなぁ。
自称精神科医、自称カウンセラーの暴露という、偏見を公式見解だみたいにみせかけたブログ。
だれかがいっこいっこ正確に検証してコメント入れないと目にした人が悪影響。
本当にそうか?
と疑うのは苦しいことではあるけど
それは自分を守る為の大事なセンサーだと思うなり。
_ _
お金盗まれたりいたずらされる認知症や老人の方は老人なのがいけないのか?認知症なのがいけないのか?
いや、やる側の都合でしょう。
例えば子供は100パーセントまったく予備知識がないところにぽん、とやってくる。言葉も話せなければ理屈でリレーションした大人のそれとは認識も違う。
赤ちゃんを迎える準備ができてる人が、赤ちゃんが、なくことについていちいちハラたてるだろうか?
うるさいなくな→くちふさぐ→しつけだった
とか皆聞いてて馬鹿じゃねぇの?と思うべさ。
親や大人にとって都合のよい子としてずーっとさぐりさぐりしてきてして
利用されっぱなしで疲れて限界迎えた人に
もう一工夫!なんてだれがいえるのか。
努力自体が間違いの元でこじれるだけなんじゃん
とおもう。
iPhoneからの投稿
にいろいろ質問してみた。
○○なのは▽▽だからだ。(精神論)
と断定口調?だったので
私も迷ってる事があってこう思うんですが、
のといかけに
そうですねきっとそれはまるまるだからでしょう
と最初は話があっていた。
でもだんだんその方のポリシーが極端なように思えて
身近な例を交えて
こういう場合はどのように思われますか?
と聞いてみた。質問自体は悩ましいけど、意地悪で聞いてるわけではない。
新しい見解をしりたかったからだ。
そしたら
ブログの記事自体が消えていたのよ。
なかった事になってた。
おい私の身を削った質問は?失礼じゃないのか?自信満々の持論は?まよえるわたしに根拠を教えてくれよ。
ではないけど
質問自体が消えてるんですが、、
と聞いてみると
またコメントが反映されなかったり
記事自体が消えていたり。
ついにはコメント自体が禁止になっていた。
おい荒らし扱いしてんじゃねぇ
まともな話題しか振ってねぇぞ
信用出来そうな方かどうか
質問である程度その方の考え方を掴んだら、ききたいこといっぱいあったのに。
現に質問したら即答してくださってすっごく参考になって、もっと
それなんですか?教えてください!
ってきこうとして、たのに。
なぜなの安部吉孝∞さん、、。
ちなみにうろおぼえの削除された話題
「鏡の法則」という懐かしいアレについて。
自分が変われば相手も変わる的な。
安部さんはまるまるその本にかかれている事を盲信しているようだけれど
私はあれは盲信したら危険なものだと思っている。宗教に近い。
・酷い扱いされるのは自分に原因があるのではないですか?
占いにも近いかな。
身を削った質問とは
虐待や過干渉に苦しんでるひと。
これは私は100パーセント やる 側の都合でなされている。
だって改善されたら困るから。いじめる相手がいなくなってしまう。
お前がまるまるだからだ!と難癖をつけるのに、改善されても喜ばない。
次の難癖をみつけたり、改善自体をなかったことにされる。
たとえば、わたしは実験的に
自分の想像できる範囲で(それでもかなり情報収集して調べた)
修行僧のような「禅」的な青春時代を送りました。
誰がみても、危ない位、極端な位、ストイックなのは周知の事実でした。
きうどうやってらたけど
そこまできうどう愛してる人に会えてお話しできて幸せ、っていわれる位。
でも父は私がどんな学生生活をし、どんな友人と過ごしたかはまったくみておらず
「非行に走る恐れがあるから」という名目でたとえば夏休み、連続でない
3日の外出をもくげきし
(バイトの面接、図書館、大学の登校日)
いってきます、と挨拶しドアをあける私の背中に
遊びすぎだ!!!
と罵声を浴びせた。
意味がわからない。
昔からそこまで壊滅的におかしかったのではないです。
むしろこの世の秩序を全て知ってるんだろう位に思ってました。
何か至らない誤解を招く部分があるんだろう、本当になにか心配なんだろう、と思って本当に極端に忍者のように侍のように、やったことできる事はあとから人に話す時ネタにできればいいから、位に
一ミリのスキもなく
それこそ精神科医に後々
強迫神経症を疑われるほど、微に入り細に入り、隙をつくらず、これでもかというほど鉄壁の要塞を自分で作り上げ悦に浸っていた。
早く大人になりたかったから。
重要な相談をされたり、提案が的をいて大人達の役に立てるように、
大人達のサミットに参加して自分のまわりの環境を変えられるように。
はなしは変わる
何年か前
就職を控えた真面目な普通の若い男性が、いきなり警察に
あんた痴漢したでしょ。証拠もあるんだよ。
と、身柄を拘束され取り調べをうけ、
拘留がきまり、なんの落ち度も思いあたりもなく、冤罪とはいえ不名誉な痴漢の容疑で一方的に全てが決まってしまったことに絶望し、
取り調べから解放されたその足で電車に飛び込んで自殺した、という事件があった。
あまりの取り調べのおかしさに
男性は事情聴取のやりとりを録音していた(ドキュメンタリーにて放送されていた)
にも関わらず警察は
事情聴取と自殺との因果関係は認められない、と発表し
彼のお母さんが今署名を集めて裁判起こしてるのかな?
彼にどんな鏡の法則が当てはまるだろうか。
ちなみに警察はこのあと
おとり操作の女性警官が自分から通行人に近づきぶつかって
他の男性警察官が目撃者になって
むねさわったろ!ってやって
通行人に訴えられて
むねさわったとかいいつつ服から通行人の指紋がみつからないとか
他の通行人が警察官からぶつかってくのをみたとか証言があって
裁判所でおこられたという事件がありましたが
あんたが痴女じゃん
あんたらがあたり屋のつつもたせじゃんこの犯罪者どもめって話ですよね。
検挙率あげたかったのか
むしゃくしゃしてやったのか
犯罪者のやることはよくわからをけど
これ、やるがわの都合だって分かると思う。誰からみても。
と、これはわかりやすすぎる例だけど
過干渉や優しい虐待については
本人に歪みがあるからそういった人を引き寄せるのだろう、という見解でした。
ここからは私の推測。
何かを断言できるとき、普通は根拠となる体験があるはず。
検証してうたがってうたがってだまってみたけどやっぱりそうだったんですよ。
という、自分の経験から濾過したひとしずくがあるはず。なんらかの体験、経験、シンクロがあるはず。
根拠があるはず。理由があるはず。
なんだけど。
弁明もなにもなく、記事自体が、発言自体がなかったことにされた。
私はそんなこといってませんよみたいな。
で。
よく見かける現象で
Aという仮説がまかり通ってるとき
より緻密で強力なBの説が生まれると
Aを否定して
いまは違うんですよ、遅れてるー
みたいになる。CDEと新説が生まれるとそちらが強力で偉い事になり
どんどん天井が高くなる。
ある特徴がある。
A説を馬鹿にしていまはBなんだよー、と見下し自分の方が上、としたがる人は、かつてAだった人。
同族嫌悪ではないけど
自分はそこから一歩抜きん出たもんねー
という為の新説披露、パフォーマンス。
自分の考がBといっしょだからBじゃない
AでないためにBを支持する。
自尊心の低い大学生がもっと低い人をみてpgrするのといっしょ。
相手を的確に批判できるのはかつて自分がそうだったから。
馬鹿にすることはできても
確信をもって道を示す事ができない。
なんとなく
断定するには論拠が浅い。
私もまるまるのとになになにだったからしみじみそうおもったんです!
みないな話に、自己開示してこない。
ログ遡るとなんか
かつて自分はおこりっぽくて
でもそれが今のこれを産んだのだ!
成功だ。よかたよかた
みたいな事がかいてあって
この人は、とりあえず
自分を皇帝したい事が第一なのかな?
とおもた。
なんか、自分の経験から作り出したワクチンがなくて、(ないわけじゃないんだろうけど)そのときそのとき至高と言われてるものにとびつい、、てるというほどかるがるしくないんだけど
はらにずんとこない。
あーうんうん、てならない。
あー、うん、、、?みたいなとこでとまり検証しないと気持ち悪くなる。
違和感のこす話し方するのは
話に興味をもって欲しい人に
やったりする事はあるけど
なんかいわかん。
断定が嫌いなわけでもおじさんバッシングでもない。私はむしろ年齢を重ねた男の人は尊敬の対象にある。ロールモデルでもある。
だからこそ、そうですよね!って発言を素直にうけとれないこちらももんやりしているのだ。
悩めるときこそ真水がほしくなる。
健康だと多少にごっててもはきだしゃいいやとかおなかくだすですむけど
はきだすつばもないほどせっぱつまってるときほど
自信満々のまがいものがやっかいなことはないから。
まあこの人のブログはあらかじめ
自己満足にジャンルわけされていて
逃げ道がはっきり記されている。
まあ逃げっていうか。
綺麗に感覚のヒダを剪定してとりのぞいて自分の立場守ってきたんだなぁって感じ。
なんちゃら論のきけんさをよくわかってない人がよく、かつての自分Aを否定するためにB説をとなえるのは
私は宗教ですくわれました
そんな私と宗教を肯定する為にも
あなたも私と宗教を肯定してください
とか
わたしもかつてなやんでたので
カウンセラーになって皆を助けてあげたいんです
とかかなぁ。私どうですか系を人助けといわれるともんやりくる。
極端な人の極端な文章ってだれかは目にするから、そして発言に責任持たないなら、一方的に目にした人を傷つけて終わるんだよなぁ。
自称精神科医、自称カウンセラーの暴露という、偏見を公式見解だみたいにみせかけたブログ。
だれかがいっこいっこ正確に検証してコメント入れないと目にした人が悪影響。
本当にそうか?
と疑うのは苦しいことではあるけど
それは自分を守る為の大事なセンサーだと思うなり。
_ _
お金盗まれたりいたずらされる認知症や老人の方は老人なのがいけないのか?認知症なのがいけないのか?
いや、やる側の都合でしょう。
例えば子供は100パーセントまったく予備知識がないところにぽん、とやってくる。言葉も話せなければ理屈でリレーションした大人のそれとは認識も違う。
赤ちゃんを迎える準備ができてる人が、赤ちゃんが、なくことについていちいちハラたてるだろうか?
うるさいなくな→くちふさぐ→しつけだった
とか皆聞いてて馬鹿じゃねぇの?と思うべさ。
親や大人にとって都合のよい子としてずーっとさぐりさぐりしてきてして
利用されっぱなしで疲れて限界迎えた人に
もう一工夫!なんてだれがいえるのか。
努力自体が間違いの元でこじれるだけなんじゃん
とおもう。
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