草津温泉にかつて存在したハンセン病者専用集落湯之沢で病者への救済活動をおこなったコンウォール・リー女史(以下:リー女史)、救済活動のことは聖バルナバミッションと呼ばれた(大正16年~昭和16年)
 
今回は、リー女史にまつわるまっ言ってみれば小ネタの紹介です、あなたはこの話いくつ知ってますか?
 
まづは、リー女史の紹介です 2歳のころ父と これって157年前のこと カメラ・・・・・イエイエ写真機って呼ぶのがらしいよねー さすが英国貴族出身ですね
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                                            (参:リーかあさま記念館)
50歳のころ、宣教師として東京、横浜当たり この頃のことを 南関東時代と呼ぶ
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                                                (参:リーかあさま記念館)
湯之沢時代
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                                         (参:コンウォール・リー女史顕彰ページ)
では、小ネタっす
 
◆教育歴・・・・・継続的・長期に学校に通った形跡はない。イングランド、フランスに数か月以外は母か独学して                   講義・講演から知識を得た 
◆宝物・・・・・・・世界各地で集めた珍奇な骨董品、血を吸ったらしい野蛮人の刀や槍の穂、装身具、小銭等
          一部リーかあさま記念館に展示してあります是非ご覧ください。
◆リー女史の山・・・・頌徳公園と呼ばれた以前の呼び名。 バルナバ公園とも楓公園とも呼ばれた。
              現在の正式名称は コンウォール・リー女史頌徳公園である。
◆初来日は?・・・・・・1892年~1893年にかけての世界一周旅行の途中35歳の時だった。
◆湯の沢で最後に住んだ家・・・・・光の家。楽泉園開設後、この建物は同園現上地区に移されロシア青年の家となる。
◆名前を付けるのがお好き!・・・・ユニークなのが猫の名前、幼ちゃんと稚-ちゃんと園ちゃんの3匹の猫、
              3匹の名前を合わせると幼稚園、 幼稚園に住み着いた猫につけた名前です。ほんの
              1例ですぞ!
◆湯之沢での食事・・・・ごはんが食べれない! パンとうどんは食べた、賄いの斎藤しんが作ったがしんの料理
              はヘタでリー女史がいくらご教授しても上手くならなかったようだ。
◆好きな食べ物・・・・・・花いんげん豆(っとオイラは思っている・・・・・) 
◆小説・・・・・・・・・・・・・何篇もの小説を世に出した、少女のころ出会ったウィルキンソン氏の影響が出ているとい 
               言われている、特に色濃く同氏の影響が出ているのは、43歳の時出版された
              Gold in the Furnaca と言われている
                        このお方がウィルキンソンさんです
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                                          (参:コンウォール・リー女史写真集)
                                    
◆湯之沢で建てた家の数・・・・・・36軒、(内外の補助を含む、土蔵や物置は除く)
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                                                 (参:リーかあさま記念館)
◆楽泉園に残っている物・・・・・・・白いマーガレットと香川の松と望小学校(後に牛乳処理場~現在空き家)等・・
◆聖バルナバミッション以外で設立したかったこと・・・・・・・
            ショクギョウを教える施設、人間に必要なのはショクギョウとシュウニュウ(職業と収入)だから
◆語学力・・・・・・・流暢な割にはアクセントが英語式なので、耳慣れぬ人には判りにくい。但し表現や声色を巧み 
           に使うので子供たちには喜ばれた。 現在でも草津温泉にはリー女史のこと知っている方が
            います(我が家の長老も含め) 話を総合すると結構早口だったかもしれない(オイラの想像
           だけどネ) 
◆恐ろしいもの・・・・・・「良心を持たない素晴らしい知恵者」 何かの余興でジョークを込め?          お出しになった、そのとおり!!っすよね。
◆口癖・・・・・「大人も子供も ミナ ワタシノコドモです」
◆願った湯之沢とは・・・・・虹に囲まれた谷にすることを願っていた。湯之沢の人々が生きていることを心底から喜び、希望を持って隣人とともに生きていくこと、差別された病者が「人としての復活」を願っていた。
               
                            小話オ・シ・マ・イ 
 
            
                                     (参考文献:御座の湯口碑、風雪の紋、喜びの谷)