オープンしたころはあれが足りないこれが足りないやオープンしてもインパクトドライバー片手に平日大工をして設備を整えておりました。
早いものでもう2週間、まだ2週間、しっかり2週間たちました。
いまだに未完成でいろいろ手直しなどをしている毎日ですが、オープンしてから時間はたちましたがとりあえずの一区切りが出来たかな、というよりオープンした実感がこみ上げてきたという感じがいたします。
ここらでちょいとここまでのゲストハウス開業のきっかけからいまにいたるまでを振り返ってみようと思います。
まず、なぜそもそも私がゲストハウスというものを創ろうかと思ったかということですが、私は海外で4年間生活&旅をしておりました。人生初の海外で訪れたのはオーストラリアでした、理由は漢を磨くため。2年間滞在しまして、コネ無し、金無し、英語力0の状態で勢いのみで行きました、本当に勢いのみで・・・・・・

そして日本からいきなりこんなところに来ちゃいました。
2年間の時間はものすごく濃かったです、良いも悪いも含めて。(ここらへんの話は長くなるので別途でやすべえ旅行記でも作ってブログに載せますね)
このオーストラリア生活の中で初めてバックパッカー(相部屋形式の宿)に宿泊し、気付いたらここのスタッフとして働くようになりました。

この宿は1階がバー、2階に宿というスタイルのゲストハウスでした。ここに1年ほど働いておりました。

みんなでお酒を毎晩飲んだり

スタッフみんなでペンキを塗ったり

テキサススタイルポーカーをやったり
毎日が日本では経験できないことばかりで新鮮で面白かったです、が、もちろん楽しいことばかりでなく苦労したことのほうが多いです。なかでも一番苦労したのは言語の壁でした。英語力0、アルファベットギリギリの私は意思疎通を取るのがものすごい苦労しました。英語が話せないと仕事の幅も狭くなり、日常生活に支障をきたします。なによりも楽しくない!!自分とは考え方が違う、生き方が違う、そもそも人種が違うこんなにたくさんの人間に囲まれる生活をすることなんて金輪際ないでしょう。その中にいるのに日常会話ができないなんてもったいないです。
私は運がとてもよく、まだ英語が全然話せないときに回りの友人が親切に英語を教えてくれました(もちろん最高のジョークをつけて)もう5年以上になりますがいまでも連絡をとっている最高の友人たちです。

この経験が後に日本でもこういうことをやってみたいなぁーと思ったきっかけでした。でもこのときは漠然としすぎていてただ『やりたいなぁー』『できたらいいなぁー』程度で本気でやるなんて思っていなかった24歳の河合青年でした。
開業を振り返って 2 に続く


