今回の帰省で気付いたこと。

私は、40年間、何をしていたんだろうな~ってあせる

そんな事がてんこもりの帰省でした(笑)


長崎には、継母と弟がいます。

(継母って呼び方、好きじゃないけど、私が小学校5年生の時からです)

父は、平成7年、15年前に62歳で他界しました。


私が長崎にいたころ、父は、弟なんかそっちのけで、

私の事を異常に可愛がってくれていたそうです。

弟は、私に何かあると、いつも父にあたられて、とばっちりを受けていたようで、

たとえば、私が帰宅する時間が遅いと弟が、責められるとか。。。


弟はその事がトラウマだったようで、

本当にそうだったとしたら、申し訳ない気がしますしょぼん

でも、私には、その記憶が、全然ないあせる

父には可愛がられていた記憶は確かにありますが、そこまでだったとは、

知りませんでした。

子煩悩な人だとは、知っていました。


弟は、大人になって一度だけ、その事を父に尋ねた事があるそうです。

そうしたら、父はとても悲しい顔をし(涙を浮かべてだったかな?)、

お前の事も同じように可愛がったていたはずなのになと言ったそうですしょぼん

父は、その事がかなりショックだったようだと弟は言ってました。


真偽のほどは、今となっては分かりませんが、

弟は、父は私ばかりをかわいがっていた、そう思い込んで育ってきたようです。



私達を産んでくれた母親は、

私が小学校4年生,弟が1年生の時に最終的に家を出てしまいました。

(最終的というのは、その前にも家出をしていたからあせる

知り合いのスナックで手伝いをしている内に、男性と知り合って駆け落ちしたと、

聞かされています。

その後は、どうなったのか、私達は知りません。

弟は、大人になって母親の行方を捜したようでしたが。。。


弟が今でも、一番、許せないのは、子供を捨てて平気でいた母親の存在だったようです。

その分、母親に対しての深い思い入れがあったんだろうと思います。

私は、母親に対しては、ほとんど、気持ちがありません。

子供心に封印していたのかもしれないけれど、自分でも判りません。

弟は、私よりも年が下だったし、男の子だから弱虫だったのかもしれないガックリ


私が、母親に関して覚えている事は、地味で太っていた人が、痩せたという事,

(多分、スナックで働きだしたから)

絵が上手で、ヘアスタイルのデッサンを描いてた事、編み物が上手だった事ぐらいかなぁ。

ショッキングピンクのコーデュロイの大きいサイズのスカートと、

裏地にチュールの入った黒と白の可愛いワンピース?を私に買ってもらっていた事etc.


ふっくらとし綺麗めの人だったようですが、容姿的には弟が引き継いでいるようです。

私は父親似です。

でも、父は足が細かったから、体系は、母親似なのかなぁ?



私は、大人になってからずっと、弟はしょうもない奴だと決めつけていました。

これには、継母の言い分が関わってきて、弟を悪い方に勘違いしていた部分もあるのですが。

弟にまつわるいろんな事で、私は、ずっと弟に迷惑をかけられていると思い込んできてました。


でも、弟の生い立ちを考えると不憫なので、

金銭面で手伝えることは手伝ってあげようと思っていたし、

自分の生活に支障がない程度で手伝っていました。



あと、弟は、私の目の前で、自分の知識をひけらかし、私の事を馬鹿にして、

その割には、大した事も出来ないくせに借金ばかり抱え、職も転々としている!

とずっと思っていたので、そういう点では、弟の事が大嫌いだったし、心配の種でしたあせる



しかし、こんなにぼろくそに言われた弟、かなり可愛そうなので、

今度は、弟のいいところも書かなきゃ(笑)



眠くなってきたので、それは、また次の機会に。




今日は、仕事の後、夕食、食べ終わった後爆睡してたのにぐぅぐぅ