昨年2023年夏の石田三成を訪ねる旅もいよいよ、今回で最終回です。ブログの更新が遅く、なんと一年もかかってしまいました。

でも、私の大好きな作家の沢木耕太郎さんは、『深夜特急 第三便』を書き上げたのは旅から帰って10年後だったとか。(比べる対象が大き過ぎて、おこがましいですね。すみません🙇‍♀️)


それはさておき、最後にご紹介するのは、大垣城です。




そう、関ケ原合戦の前日に三成たちが作戦を練った記念すべきお城です。三成は、どんな思いで、ここを旅立ったのかと思うと、いたたまれない気持ちになります。




今、お城の中は、博物館になっていて、関ケ原合戦に関する展示が充実しています。細かい布陣や作戦の内容などが描かれていて大変、とても勉強になりました。


館内にある10個のクイズに挑戦してみました。

結果は、次のとおり、💯でした!



そして、退館時になんと、館長さんが出てきて、表彰してくだいました❣️ありがたい演出ですね😊

きっと三成さまの優しい精神が息づいているのだと思います✨


賞品としていただいたのが、コチラ↓

職員さんが撮影&パウチしてくれたものです。




大垣城の背景にはいくつかパターンがありましたが、私は、この桜をいただきました。三成さまに是非とも、桜を愛でていただきたかったです🌸


大垣城で購入した『おあむ物語』


おあむとは、石田三成の家臣・山田去暦の娘の名前(実名ではなく尊称)です。関ケ原合戦時、大垣城で体験したことなどが記されている貴重な史料です。

大垣城では、その内容を元にしたアニメビデオが放映されていて、思わず見入ってしまいました。


大垣城を出たあと向かったのは、『奥の細道』むすびの地。松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の終着地とした場所です。


昔、私は、歴史よりも文学が好きで、『奥の細道』ゆかりの地を訪ねて、東北を旅したことがあります。そのとき、『奥の細道』終焉の場所 大垣をいつか訪ねてみたい、と思っていましたが、そのことはすっかり忘れて、はや何十年・・・。


文学少女から、歴女(歴女は年齢制限なし😊)、しかもミツナリストに変身した私にとって、大垣といえば、三成ゆかりの地オンリーだと思っておりました。が、大垣に来て、文学少女だったときに憧れた場所にも足を伸ばしてみることに。



奥の細道むすびの地には、それにふさわしい銅像も。


芭蕉と谷木因(たにもくいん)です。

私は、てっきり、一緒に旅した曾良の像だと思っていました。


大垣で船問屋を営んでいた谷木因(たにもくいん)と芭蕉は古くから親交があり、その縁で大垣の俳人たちが芭蕉の門下になったそう。芭蕉にとっては思い出深い土地であるとともに、蕉風俳諧が花開いた、歴史的な意味を持つ土地、それが大垣なのだそうです。


水のまちでもある大垣には、川沿いに芭蕉の歌碑があちこちにあって、歩くのが楽しかったです。



でも、夏は暑くて、暑くて🥵

芭蕉さん、昔の夏は、こんなに暑くはなかったのですか?



結びの地の近くにある、水がいっぱい流れている公園。手前の手すりのところまで降りていって、水しぶきをたっぷり浴びて生き返りました😊


大垣の魅力は、他にも。

この水まんじゅうもその一つ。



氷が敷き詰められたガラスの器に浮かぶ水まんじゅう。涼しさを演出してくれます✨


また、大垣は、升(マス)作りでも有名なんです。





しゃれたダジャレに、三成もきっとご満悦しているにちがいありません😊✨


大垣は、今回、初めて訪れましたが、とても居心地がよく、肌に合いそうなまちだな、と感じました。


それは、大垣駅に到着して、すぐに見つけたこのコインロッカーのおかげかもしれません。




一番目立つところにある、三成さまのロッカーを思わず何度も、なでなでしてしまいました🤗💕


2023年夏の三成を訪ねる旅のブログも、ようやくこの大垣編で結びとなります。


実は、三成さまが大垣から関ケ原に出陣されたように、本当は、旅の初日が大垣、次の日に関ケ原を訪れたのですが、どういうわけか、ブログでは、一番最後になってしまいました。芭蕉の結びの地と同じように、私のブログも・・・と、また、偉大なる人物を引き合いにして、おこがましかったですね。すみません💦


それは、さておき、次は、2023年秋の石田三成祭についてお伝えさせていただく予定です。

2024年の三成祭が開催される前には、アップしないと・・・。