中国歴史紀行 陳舜臣先生です。明の時代を紹介している大型本です。この中で登場する明の創業者朱元璋のところを紹介したいと思います。わたくしこの人物中国史上最高の英傑と思っております。極貧農家から一代で帝国を気づきあげた才覚手腕は並々ならぬものがあります。農民出身で皇帝になったの人物は中国史上でもたった二人しかいません。一人は、漢王朝の創業者劉邦、もう一人がこの朱元璋です。ただ、朱元璋がたどった道のりは、劉邦よりもはるかに厳しかったのです。
干ばつにイナゴの害が重なり、家族の大半を失った元璋(幼い時の名前は重八です)は皇覚寺に口減らしのために修行に出されます。しかし、寺でも収入は期待できないので、元璋は托鉢の旅に出ます。そこで培った土地勘と忍耐力がのちに帝国を気づきあげるとき大いに役立ったといわれています。
寺を出るときに占い(おみくじだったか?)によると、とどまるも凶、立ち去るも凶、大事を起こすは大吉!と出たそうです。
やがて元璋は郭子興という人物の配下となりメキメキ実力をつけます。そこで相当に怪異な元璋の容貌穂むしろ頼もしく思った郭子興は自分自身の養女である馬氏(ばし)をめあわせたのです。この女性がのちの馬皇后です。
干ばつにイナゴの害が重なり、家族の大半を失った元璋(幼い時の名前は重八です)は皇覚寺に口減らしのために修行に出されます。しかし、寺でも収入は期待できないので、元璋は托鉢の旅に出ます。そこで培った土地勘と忍耐力がのちに帝国を気づきあげるとき大いに役立ったといわれています。
寺を出るときに占い(おみくじだったか?)によると、とどまるも凶、立ち去るも凶、大事を起こすは大吉!と出たそうです。
やがて元璋は郭子興という人物の配下となりメキメキ実力をつけます。そこで相当に怪異な元璋の容貌穂むしろ頼もしく思った郭子興は自分自身の養女である馬氏(ばし)をめあわせたのです。この女性がのちの馬皇后です。
