10/30、31に新潟県の長岡で行われたシンポジウムに参加してきた
テーマは『地域への人的支援を考える』
今夏、研究室OBの方のところへ論文を見てもらった時に
シンポの事を教えてもらい
コアメンバーである、その方の知り合いと連絡を取りつつ
こうして参加に至った
自分の論文に深く関わるテーマであり
シンポの内容は勿論
同じ領域に携わる人たちと
何かしらの接点を持てれば、と期待
・・・
『集落支援員』という制度にスポットを当て
①実際に支援員として活動する方
②行政をはじめとする、支援員を「活かす」立場にある方
③研究者など、支援員の制度そのものを論じる立場の方
3者すべての意見が聞ける、貴重な場だ
・・・
そもそも集落支援員とは
地方自治体からの委託を受け
集落の状況把握や、何かしらの対策の推進を行う人間
(そのための財源は、地方交付税によって賄われる)
役割上、集落の事を良く知る人材が好ましいから
主に集落内の人間が勤めることになる
人的支援=外部の人間だと思い込んでいた自分にとっては
もう既に、この時点で少し驚くわけやけど
「住民」が行うことによる生々しい問題点も勿論ある
・・・
高齢者の方の家を巡回して安否を確認する事
ほぼすべての集落で、これが『支援』の第一歩になる
特に地域外からの支援員の場合は
家庭訪問、挨拶、行事の参加…
そういう事を通して「自分」を知ってもらわなければならない
でないと、「笑顔」「本音」が生まれない、と支援員の1人が言う
本音で話し合える事で
他人行儀ではない、集落の暗い現実の話を聞く事ができて
それこそが、本当に解決すべき集落の問題なのだ
また、集落の方が持っている「技」や「知恵」も
そういう中で知ることが多い
・・・
集落出身の支援員の場合
上に挙げたような事は、既にある程度把握している
「まち」も「ひと」も良く知っている訳やから
キーとなる要素も見つけやすい
それは確かに大きなメリットではあるけど
『今まで普通に「住民」をやっていた人間が
補助金をもらって「支援員」になる』
集落の地縁というか、しがらみというか
こういう状況に対する住民のやっかみ的なものもあるみたいで
まぁ分からんでもないけど
給料をもらっている事がネックになっているのだ
・・・
今回シンポで聞くことの出来た数地域だけでも
学生との連携や、イベントと結びつけたもの
住民に具体的な役割を与えたもの等
取り組み内容は様々
揚げ足をとる言い方をすれば
支援員個人の人脈や裁量にかなり左右される、とも言える
また、そういった取り組みが継続できるかは未知数
「支援員そのものの立ち位置がはっきりしていない」
「都道府県や国で総合施策として統一してほしい」といった意見もみられた
この制度そのものが
意図してか否か、ある程度「あやふや」な面が多い
集落や支援員の取り組みに幅を持たせている、という点は大きいんかもしれんけど
あやふやゆえの「現場」の不安は汲み取るべきやとも思う
・・・
また、根本的な課題として
「どの集落に支援員を配置するのか」という問題がある
人口や高齢化率といった数字だけで対象集落を見抜く判断は
支援員を導入してもうまくいかない可能性がある
支援員導入に対し住民が反対するという本末転倒な例もあるらしい
そんな中
「危ない集落」でなく「もっと、何か出来そうな集落」も対象としたい、という意見があった
言い換えれば
「今までの方法でうまくいかない部分を埋めるための支援」ではなく
「新しい集落のビジョンを描く為の支援」という感じかな
優先順位はともかくとして
そういうモデルケースを併行して生み出していく事も必要なんかも
とにかく支援員を置けばいい、という風潮も何となく感じるけど
・・・
まず、行政(或いは住民も交えて)が
集落の「自治」の形を徹底的に考える事が必要
その上で出てくるはずの課題やニーズを整理し
そこで初めて「支援員が必要か」という論点になるのが理想
必要であれば続いて「どのような支援員が良いのか」という所で考える
持っているスキル、年齢、性別、地域内/外…
集落の要望をピンポイントで埋める人材を配置する事で
集落と支援員の双方がうまく噛み合う環境になるのではないだろうか
既存の市民団体との兼ね合いや
隣接する集落との恊働も考慮しつつ、といった事も必要になる
また、多様化する支援員の役割に対し
支援員そのものの位置づけを明確にしていく事
シンポ第3部「支援員への支援」という題目が
それを如実に表している
・・・
なんか支離滅裂として
まとめきれんかった
これからの研究課題としては
①ケーススタディを拾い上げてそれぞれの支援活動を把握した上で
②支援員制度の課題・展望をまとめていく
事が必要なんかな
テーマは『地域への人的支援を考える』
今夏、研究室OBの方のところへ論文を見てもらった時に
シンポの事を教えてもらい
コアメンバーである、その方の知り合いと連絡を取りつつ
こうして参加に至った
自分の論文に深く関わるテーマであり
シンポの内容は勿論
同じ領域に携わる人たちと
何かしらの接点を持てれば、と期待
・・・
『集落支援員』という制度にスポットを当て
①実際に支援員として活動する方
②行政をはじめとする、支援員を「活かす」立場にある方
③研究者など、支援員の制度そのものを論じる立場の方
3者すべての意見が聞ける、貴重な場だ
・・・
そもそも集落支援員とは
地方自治体からの委託を受け
集落の状況把握や、何かしらの対策の推進を行う人間
(そのための財源は、地方交付税によって賄われる)
役割上、集落の事を良く知る人材が好ましいから
主に集落内の人間が勤めることになる
人的支援=外部の人間だと思い込んでいた自分にとっては
もう既に、この時点で少し驚くわけやけど
「住民」が行うことによる生々しい問題点も勿論ある
・・・
高齢者の方の家を巡回して安否を確認する事
ほぼすべての集落で、これが『支援』の第一歩になる
特に地域外からの支援員の場合は
家庭訪問、挨拶、行事の参加…
そういう事を通して「自分」を知ってもらわなければならない
でないと、「笑顔」「本音」が生まれない、と支援員の1人が言う
本音で話し合える事で
他人行儀ではない、集落の暗い現実の話を聞く事ができて
それこそが、本当に解決すべき集落の問題なのだ
また、集落の方が持っている「技」や「知恵」も
そういう中で知ることが多い
・・・
集落出身の支援員の場合
上に挙げたような事は、既にある程度把握している
「まち」も「ひと」も良く知っている訳やから
キーとなる要素も見つけやすい
それは確かに大きなメリットではあるけど
『今まで普通に「住民」をやっていた人間が
補助金をもらって「支援員」になる』
集落の地縁というか、しがらみというか
こういう状況に対する住民のやっかみ的なものもあるみたいで
まぁ分からんでもないけど
給料をもらっている事がネックになっているのだ
・・・
今回シンポで聞くことの出来た数地域だけでも
学生との連携や、イベントと結びつけたもの
住民に具体的な役割を与えたもの等
取り組み内容は様々
揚げ足をとる言い方をすれば
支援員個人の人脈や裁量にかなり左右される、とも言える
また、そういった取り組みが継続できるかは未知数
「支援員そのものの立ち位置がはっきりしていない」
「都道府県や国で総合施策として統一してほしい」といった意見もみられた
この制度そのものが
意図してか否か、ある程度「あやふや」な面が多い
集落や支援員の取り組みに幅を持たせている、という点は大きいんかもしれんけど
あやふやゆえの「現場」の不安は汲み取るべきやとも思う
・・・
また、根本的な課題として
「どの集落に支援員を配置するのか」という問題がある
人口や高齢化率といった数字だけで対象集落を見抜く判断は
支援員を導入してもうまくいかない可能性がある
支援員導入に対し住民が反対するという本末転倒な例もあるらしい
そんな中
「危ない集落」でなく「もっと、何か出来そうな集落」も対象としたい、という意見があった
言い換えれば
「今までの方法でうまくいかない部分を埋めるための支援」ではなく
「新しい集落のビジョンを描く為の支援」という感じかな
優先順位はともかくとして
そういうモデルケースを併行して生み出していく事も必要なんかも
とにかく支援員を置けばいい、という風潮も何となく感じるけど
・・・
まず、行政(或いは住民も交えて)が
集落の「自治」の形を徹底的に考える事が必要
その上で出てくるはずの課題やニーズを整理し
そこで初めて「支援員が必要か」という論点になるのが理想
必要であれば続いて「どのような支援員が良いのか」という所で考える
持っているスキル、年齢、性別、地域内/外…
集落の要望をピンポイントで埋める人材を配置する事で
集落と支援員の双方がうまく噛み合う環境になるのではないだろうか
既存の市民団体との兼ね合いや
隣接する集落との恊働も考慮しつつ、といった事も必要になる
また、多様化する支援員の役割に対し
支援員そのものの位置づけを明確にしていく事
シンポ第3部「支援員への支援」という題目が
それを如実に表している
・・・
なんか支離滅裂として
まとめきれんかった
これからの研究課題としては
①ケーススタディを拾い上げてそれぞれの支援活動を把握した上で
②支援員制度の課題・展望をまとめていく
事が必要なんかな