10/30、31に新潟県の長岡で行われたシンポジウムに参加してきた

テーマは『地域への人的支援を考える』

今夏、研究室OBの方のところへ論文を見てもらった時に

シンポの事を教えてもらい

コアメンバーである、その方の知り合いと連絡を取りつつ

こうして参加に至った

自分の論文に深く関わるテーマであり

シンポの内容は勿論

同じ領域に携わる人たちと

何かしらの接点を持てれば、と期待


・・・


『集落支援員』という制度にスポットを当て

①実際に支援員として活動する方

②行政をはじめとする、支援員を「活かす」立場にある方

③研究者など、支援員の制度そのものを論じる立場の方

3者すべての意見が聞ける、貴重な場だ


・・・


そもそも集落支援員とは

地方自治体からの委託を受け

集落の状況把握や、何かしらの対策の推進を行う人間

(そのための財源は、地方交付税によって賄われる)

役割上、集落の事を良く知る人材が好ましいから

主に集落内の人間が勤めることになる

人的支援=外部の人間だと思い込んでいた自分にとっては

もう既に、この時点で少し驚くわけやけど

「住民」が行うことによる生々しい問題点も勿論ある


・・・


高齢者の方の家を巡回して安否を確認する事

ほぼすべての集落で、これが『支援』の第一歩になる

特に地域外からの支援員の場合は

家庭訪問、挨拶、行事の参加…

そういう事を通して「自分」を知ってもらわなければならない

でないと、「笑顔」「本音」が生まれない、と支援員の1人が言う

本音で話し合える事で

他人行儀ではない、集落の暗い現実の話を聞く事ができて

それこそが、本当に解決すべき集落の問題なのだ

また、集落の方が持っている「技」や「知恵」も

そういう中で知ることが多い


・・・


集落出身の支援員の場合

上に挙げたような事は、既にある程度把握している

「まち」も「ひと」も良く知っている訳やから

キーとなる要素も見つけやすい

それは確かに大きなメリットではあるけど

『今まで普通に「住民」をやっていた人間が

補助金をもらって「支援員」になる』

集落の地縁というか、しがらみというか

こういう状況に対する住民のやっかみ的なものもあるみたいで

まぁ分からんでもないけど

給料をもらっている事がネックになっているのだ


・・・


今回シンポで聞くことの出来た数地域だけでも

学生との連携や、イベントと結びつけたもの

住民に具体的な役割を与えたもの等

取り組み内容は様々

揚げ足をとる言い方をすれば

支援員個人の人脈や裁量にかなり左右される、とも言える

また、そういった取り組みが継続できるかは未知数

「支援員そのものの立ち位置がはっきりしていない」

「都道府県や国で総合施策として統一してほしい」といった意見もみられた

この制度そのものが

意図してか否か、ある程度「あやふや」な面が多い

集落や支援員の取り組みに幅を持たせている、という点は大きいんかもしれんけど

あやふやゆえの「現場」の不安は汲み取るべきやとも思う


・・・


また、根本的な課題として

「どの集落に支援員を配置するのか」という問題がある

人口や高齢化率といった数字だけで対象集落を見抜く判断は

支援員を導入してもうまくいかない可能性がある

支援員導入に対し住民が反対するという本末転倒な例もあるらしい

そんな中

「危ない集落」でなく「もっと、何か出来そうな集落」も対象としたい、という意見があった

言い換えれば

「今までの方法でうまくいかない部分を埋めるための支援」ではなく

「新しい集落のビジョンを描く為の支援」という感じかな

優先順位はともかくとして

そういうモデルケースを併行して生み出していく事も必要なんかも

とにかく支援員を置けばいい、という風潮も何となく感じるけど


・・・


まず、行政(或いは住民も交えて)が

集落の「自治」の形を徹底的に考える事が必要

その上で出てくるはずの課題やニーズを整理し

そこで初めて「支援員が必要か」という論点になるのが理想

必要であれば続いて「どのような支援員が良いのか」という所で考える

持っているスキル、年齢、性別、地域内/外…

集落の要望をピンポイントで埋める人材を配置する事で

集落と支援員の双方がうまく噛み合う環境になるのではないだろうか

既存の市民団体との兼ね合いや

隣接する集落との恊働も考慮しつつ、といった事も必要になる

また、多様化する支援員の役割に対し

支援員そのものの位置づけを明確にしていく事

シンポ第3部「支援員への支援」という題目が

それを如実に表している


・・・


なんか支離滅裂として

まとめきれんかった

これからの研究課題としては

①ケーススタディを拾い上げてそれぞれの支援活動を把握した上で

②支援員制度の課題・展望をまとめていく

事が必要なんかな
■10/14(木)

10:00から『VON研』 — 例の事務所で作業

その後18:00からゼミ

毎日こういう流れで

生活費を稼ぎつつ、議論を重ねつつの生活がいい


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■10/15(金)

09:00-14:00までレジ打ち

その後VON研で作業

20:30ぐらいまでやったかな

特にアタマを動かさない一日


・・・


■10/16(土)

自転車で新宿へ

丸ノ内線の地下通路にクラゲが展示されているらしく

カメラを抱えて見に行った


・・・


小さな水槽で漂うクラゲは

ここが都会のど真ん中である事など

気にしていないかのようだった

足を止める人はあまり居ない

都会の喧噪は、クラゲではどうにもならない


・・・


その後『BABE』でコーヒーを飲みながら読書

B・ルドフスキー『建築家なしの建築』

著名な建築家が設計した、何やら有名な建物ではなく

様々な国、地域の「普通の建築」にフォーカスをあてている

それは極めて土着的であり

例えば、岸壁に穿った空間や、地下に掘り込んだ住居

集落として見た時の配置なんかも

場所場所の気候、風土に根ざしたもので

個性があって面白い

写真も多く、すっと入ってくる

宇根豊『農がそこに、いつも、あたりまえに存在しなければならない理由』

食料供給としての『農業』ではなく

農作業によって生まれる動植物の流れ、風、土

日本人がそういった風景を愛する土台を

『農』は生み出してきたし、これからも創り続ける

随分と長い間、人間はその恩恵をタダで享受してきた訳で

そういったものに価値(タダではなく、農によって生み出されているという事)を見いだしてほしい、という

著者の思いが、もうびんびんに溢れてくる一冊


・・・


客は自分だけやったのでゆっくり

ワインとか、おにぎりとか、メニュー候補のおつまみとか

申し訳ないぐらい色々サービスしてもらった

最後にビールを飲んで帰宅


・・・


帰宅後、突如寒気に襲われる

アタマも割れるように痛い

久しぶりにごそっと体調を崩している

なぜ突然?と思いながら、早めに就寝


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■10/17(日)

09:00-14:00までレジ打ち

昨夜から比べて幾分かマシにはなったけど

寒気と頭痛は残っていて

フラフラになりながら仕事をする


・・・


その後、研究室に行き

B4の論文チェック

薬を飲んだけど体調は相変わらずで

あまり的確な指摘はできんかったように思う


・・・


補完性原理という言葉がある

聞いた事はあるけど

後輩の論文でちらっと出てきて、それで改めて知った言葉だ

個人ができない事を家族が行い、家族ができない事を地域コミュニティが行い、

それでも出来ない事は市町村…という風に、最終的には国家に行き着く

補完性には『積極的補完性』と『消極的補完性』とがあり

『積極的…』は「大きな集団は、小さな集団が自ら目的を達成できないときには、介入しなければならない(義務)」であり

『消極的…』は「より大きな集団は、より小さな集団が自ら目的を達成できるときには、介入してはならない(限定)」とある

詳しくスタディしてへんから何とも言えんけど

これはある意味ボトムアップを否定しているようにもみえる

どうなんやろね


■10/13(水)

今日から

研究室OBのヨシダさんの事務所で

バイトさせて頂く事になった

まちづくりのコーディネートや

建築設計など

都市計画分野における

ソフトとハードを網羅的に執り行っている所だ

今まで何度か一緒に飲む機会があり

その度にバイトの事を

ヨシダさんにやんわりお願いしていて

今回仕事を頂いた

ざっくり言えばそういう経緯


・・・


図面トレースをはじめとする

単純作業ではあるけど

バイトの仕事としては当然の事やし

「まちづくり」という、何とも形容しがたい仕事を

少しずつ肌身で感じる事ができる空間だ

それだけでも価値がある

当面の生活を考えるに

バイトは必要不可欠やけど

やっぱり何かしらの学術的刺激があるか無いかでは雲泥の差

事務所の本棚に並んだたくさんの専門書も気になる


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事務所が大学のすぐ近くにあるため

研究室にも寄りやすい

このメリットは、福大の図書館勤務に通ずるところがある

作業空間としての自宅が快適過ぎて

最近はあんま研究室に行ってなかったけど

やっぱり研究室にも行かんとね


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夜は事務所の方や、学部3年の子なんかと

久しぶりに生ビールを飲む

ヨシダさんのまちづくりの話や

所員のイタガキさんと恋愛の話で盛り上がった

翌01:00頃に帰宅

食べ過ぎた


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■10/14(木)

10:00から事務所で仕事

建築事務所とかでも、10:00とか11:00とか始業時間がやや遅めなのは

作業を妨げる諸々(主にクライアントからの電話?)を避けるためらしい

そして夜中にがっつり作業するのだ

才能やセンス以上に馬力が無いとやっていけん


・・・


17:00までトレース作業をして

今から研究室でゼミ


・・・


これから定期的にバイトできるかは分からんけど

(事務所側からみて、学生に任せられる仕事があるかどうか)

できればバイトは事務所一本でいきたいなー

たとえ時給が良かろうと

できる事なら不毛な仕事はしたくない
■10/8(金)

にっしー&えりちゃんから

よく分からない種類の鉢植が届いた

少し遅い誕生日祝いとの事


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引っ越した住所も、そもそも元の住所も伝えてなかったので

送ってもらってから、こちら側に届くまでに

相当日数を要したらしく

ほとんど枯れかけていたけど

予想外の嬉しい出来事に

卒業後はどうせ疎遠になるんやろな、と思っていた自分を反省

川研同期の2人に限らず

自分はもっとそういう人間を大事にせなあかん


・・・


前回のフォーラムでのこぼれ話をひとつ

地方都市で生まれた17歳人口の20%が

進学を主とした理由で東京に行って

そのまま帰ってこないらしい

ヒトではなくあえてカネの話をすると

この場合、地方都市に住民税が落ちなくなる

地方は色々な方向性を以て、この20%の「奪還」が必要


・・・


パネリストの玉田氏の意見は

地方交付税を「財政復元機能」を持つものとして改革すべき、というもの

これだけやと分かりにくいけど

例えば、東京にヒトを出せば交付税が受けられるようにするとか

もうひとつ言っておられたのが

「第2住民票」の導入による住民税の再配分

確かに、二地域居住などを考えると

住民税を分けて収める、というのは理にかなっている

以上の二案は

現状を受け入れた上での、地方のデメリットを減らすような工夫だ


・・・


ふるさと納税もそうやけど

こういう事に通じてくるのは「地元愛」やと思う

義務教育などの時点で

自分のまちを知る事、好きになる事、誇りを持つ事

結局のところ

土台は人の思いである訳で


・・・


このブログでも重ね重ね書いている事やけど

自分ははっきり言って、地元にさほど愛着は無い

こと「まちづくり」に関して言えば

現場向きじゃないって事か

まぁうすうす感付いてはいる

そっか、やから研究に取り憑かれてる訳か


・・・


「このまま地元に残りたい」

「今は離れてるけど、就職は地元で」

地元で、大学で出会ったそういう人たちが

いざとなった時にキーパーソンになれるんやろね

現場でそんな方々と知り合い、分かり合う事も

研究と同じぐらい大事にしたい


・・・


研究室OBの吉田さんから連絡があり

九州でのまちづくり拠点での常駐義務がキャンセルになった

まさに↑で書いた事が実践できるチャンスやったのに

くそ、行きたかった
■10/6(水)

千代田区の砂防会館という所で

「ふるさと納税推進フォーラム」なるものに参加


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後から考えたら至極当然の事やけど

参加者は自治体職員だらけで

学生、しかも私服は自分だけ

ひどく場違いやったけど

やらしい話、かえってアピールにもなった

用意した名刺の出番もあったし

自分の問題意識の再確認にもなった


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ふるさと納税の提唱者が

福井県知事の西川氏という事もあり

フォーラムの事務局は福井県が勤めている

県知事の挨拶に始まり

全国から5つの自治体の事例の発表があった

以下、印象的だった鳥取県米子市の事例を少し


・・・


ふるさと納税が施行された平成20年

寄付者134人/寄付総額1067万円という

県内ダントツの成果を出した米子市

初年度の取り組みは

地元出身者をターゲット(あまり良い言い方とは思えんけど、事例報告で担当者がそう表現していたのであえてそのままで)に絞り

県人会、高校同窓会などのネットワーク経由でPRを行うという

極めて着実で現実的なものであった

役場職員が各々の同級生にDMを送ったりなど

地道な努力が実を結んだといえる


・・・


翌年の平成21年は

「寄付者への特典」において、重点的にテコ入れを行う

役場職員が地元企業を訪ね回り

寄付者への企業PRを条件に、物品の無償提供の誘致を行う

同時に、高額寄付者に対する有償物品については

そのうちの5割以上を市が負担、という体制をとった

このシステムを整理すると

市のメリット:ふるさと納税寄付額の増加

企業のメリット:幅広い広告宣伝、顧客リスト&リピーターの確保

寄付者のメリット:寄付額相当(或いはそれ以上)の特産品

という風に、3者すべてに対しての明確なメリットがある

仕組みとしては簡単やけど

これを実現させて軌道に乗せるのは

職員の相当な努力があったという

この年度は寄付者868人/寄付総額1815万円

金額の増加もそうやけど

人数の大幅な増加がすごい

このうちの8割は非地元出身者

つまり「寄付者への特典」が大いに功を奏した事になる


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そして今年度(平成22年)は

タイアップ企業の増加と、ターゲットの拡大

そして寄付者へのアフターケアに重点を置いているとの事

(アフターケア=「寄付者」から「観光者」へのシフト、と担当者は表現していたが、これを「アフターケア」と呼ぶのはどうなんやろね)

現時点で寄付者1023人/寄付総額1678万円


・・・


うーん

や、すごい事ではあるけど

過剰な物品提供は

「寄付」の本質からどんどん遠ざかっている感が否めない

米子市のやり方を否定する気は全くないけど

実際に、寄付者の中には

特に思い入れもない複数地域に

特典狙いで一口ずつ寄付している人間もいるという

そんなん、もはや通販と変わらん

たとえそんな形であれど

寄付によって結果的に財政が潤う自治体にとっては

どうでもええ事なんやろか


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もうひとつ言いたいのは

そうやってフォーラムで好例とされている自治体でさえ

「住民の関与」が全くみられない点

寄付者-自治体の繫がりしか感じられないし

実際、求めているようにも思えない

自治体外の人間がいて

その人が、地元であれ特典目当てであれ寄付を行い

結果、何かしらまちの為になる

そういう構図に対し

住民が無関心過ぎるというのもあるのかもしれんけど


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住民の、寄付者に対する感謝であったり

寄付者の、(自治体だけでなく)住民に対する思いであったり

ふるさと納税を契機として

寄付者-自治体-住民の3者がうまく良い形で繫がるような

そういう流れはできないのだろうか

寄付金の使途を住民も交えて議論したり

住民と寄付者が交流できる機会の創出であったり

考えようによっては、不可能では無いはず

自治体の「知恵比べ」の焦点はそこにあるのではなかろうか

西川知事は「ふるさとは生き物である」と述べておられたけど

そいつを生き物たらしめている血や遺伝子は

間違いなく住民なんやから


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制度そのものの知名度や

手続きの複雑さなど

問題も山積している訳やけど

ふるさと納税を単なる税源確保や地域PRと捉えずに

寄付者-自治体-住民の「つながりづくり」として

自治体がうまく活用してほしい

そういう事を言ってやろうかと思ったけど

幸か不幸か、質疑応答の時間が無かった

(「やった後悔とやらなかった後悔、より悔やむのは後者」というのはホンマやね

くそ、言ってやりたかった)


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さて、この悶々をどうする?

答えはひとつ

研究者として、論文にするんだよ!!



■10/4(月)

10:30から研究室会議

D生によるスイス出張報告が興味深かった

内容を少し


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都市の収縮や、分権社会が叫ばれている現在

日本の得意な「成長前提の規制型」計画では

そういった時代に対応できない


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欧州に『Spatial Planning』という概念がある

wikipediaでは

「多様なスケールの空間における人々や活動のあり様(分布)に資する、公共が用いる手法についてのものであり、都市計画・地域計画・環境計画・国土空間計画・EUの国際レベルの計画など、全てのレベルにおける土地利用計画を内包するものである」

と記されている

ざっくり言ってしまうと、旧来の計画概念が拡張されたものだ

異なるセクター/政府間の統合・協調がベースとなっている点は

いかにもEU諸国の手法という感じがする

今回の報告では、スイスの幾つかの事例を挙げていた


・・・


スイスは人口750万人ほどの連邦国家

つまり複数の国家(自治体)が集まってできた国だ

当然、スイスに限らずそういう国は

自治体(州)が「強い」傾向がある

そのため、都市計画においても

日本のようなトップダウンではなく

政府が大まかな計画を策定し

各州が、それに整合するように

強い権限を以て計画を決めていく

ある意味、ボトムアップ的な色合いが強い

そんな雰囲気もあってか

ここでの「政治家」は、いわば名誉職に近いものらしい


・・・


産業、交通、環境、教育、…etc.

それぞれに望ましい空間計画はあれど

その舞台となる都市空間(物理空間)はひとつしかない

今回の事例では

わずか数人のコーディネート組織(+『非常勤』的人間)によって

そういった様々なセクターの計画を総合的に合わせて

自治体、或いは地区ごとに

最適な都市空間を構築している

上で述べたような

連邦国家の性格が成せる計画だ


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ちなみにスイスという国は

税金のコントロール、物価の高さゆえ

「ランクの低い」移民が入れない(もしくはそう仕組んでいる?)点や

匿名性の高いスイス銀行の存在など

したたかな面も併せ持っている、との事


・・・


少し話題は変わるけど

日本で道州制が導入され

様々な権限が委託されたとしたら

都市計画はどういう流れになるのだろうか

「大きな視野」で行われる政策や事業の価値が

自分はいまひとつ計りきれずにいる

平成の大合併で

「声」を失った小規模自治体のような事態が

少し違うスケールで生まれて

結局格差が発生してしまうだけのような気もする


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そういえば今日

動かなくなって半年以上放置していたデジカメが復活

何でも使い捨ててしまう時代

そういう事が、少し嬉しい
うぁあ

毎日書けない


・・・


■9/28(火)

少し時間があったので

あてもなく新宿界隈を自転車でぶらつく

どうしようもなく生ビールが飲みたくなるも

時間は16:00、飲み屋系は空いていない


・・・


そこで見つけた一件のカフェ

なんと今日がOPENらしく

偶然だなと思いながらぼーっと店先を見ていると

店員の人が声をかけてくれて

少し早い時間やけど店に入れてもらった


・・・


昼はカフェ、夜はバー?みたいなところで

今はその合間の時間らしい

開店初日という事もあり

何やら色々サービスしてもらった


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自分より少し上くらいの姉妹がやっていて

料理もなかなか美味しい

家からは少し遠いけど

ちょいちょい読書でもしに来ようかな


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徐々に生活のリズムができてきた

でかい作業机が欲しい


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まだ少し加筆

都市と建築における『流れ』について

友人の言葉も混ぜて

雑感をひとつ

モノ、トキ、ヒト…etc.

言葉遊びのようなものも含めて

色んな流れというものがある

少し乱雑な言い方をすると

建築とは、自然の流れに逆らって

ニンゲンの作ったものを打ち立てる行為である、と言える

何かハコが造られて

そこでの、あるいはそこを取り巻く活動(これもひとつの流れ)が生まれていく

ここで、自然に浸食されてぼろぼろになった建築を考えてみる

さっきの云い方で言えば流れが「止まった」空間

同時に、かつて何かしらの流れが「確かに在った」空間

自然の流れに逆らい、そして再びそこには自然の流れがある

そういう、様々な流れが考察できる見方が在るのではないだろうか


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うーん、まだまとまりきれてないな
■9/27(月)

少し寝過ごし09:30頃に起床

朝食を摂って、銀色夏生を読んだり

学会誌を読んだり

書類を書いたりした

家賃や光熱費のために

共用の口座を作ることにしていて

(それでもどちらかの名義にはなるけど)

同時に新しく作ったクレジットカードが昼前に届いた

個人の買い物でこれを使う事はまずないやろうけど

『新しいカード』というだけで何やらテンションが上がる


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福大の院生やった頃に財布を落としてから数年

どうしようもなく貧相な財布を使っているけど

こないだSuicaを購入してから

せめてカード入れだけでも、そこそこのモノが欲しいなと思っていた

バイトの給料が入る月末を期に

思い切ってパスケースをネットで購入

某ブランドのなかなかカッコヨイやつだ


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17:00から夏明け初の研究室会議

メンバーが(ほぼ)全員揃う機会は

普段でさえ、なかなかない

久しぶりに色んな人と話した


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建築のディテールや意匠など、目に見えるもの

空間の質や空気感/流れなど、目に見えないもの

どっちであれど

それを自分の中で理解する、或いは人に伝えるためには

必ずと言っていい程『言語化』というプロセスを経る必要がある

(目に見えないものは、言語化の前に『可視化』も必要になる)

言語化することで

それを共有する事や、深化させる事が可能になり

例えば建築家なら、最後に空間におとす事もできるわけだ

そういう話を

会議の途中で教授が仰っていた

何かに対する感想/レビューを綴る事や

自己満足とはいえ、こういうブログも

ひとつの実験的な言語化である訳で

共有はさておき、そこから深化→空間化という流れは

できれば面白いと思う

何がしかのブログが出発点だとしたら

上記のプロセスは、言わばその人のルーツを目指す旅のようなものなのかもしれない


・・・


話は少し変わって

少し前に、一緒に飲んだ研究室の後輩が

「自分のルーツが分からなくなった」と嘆いていた

すぐさま自分に当てはめて考えるも

面倒臭くて、その時はすぐに止めてしまった

自分のルーツは何なんやろか

さっき上で言ってたのは

ブログ→言語化→個人のルーツ、という流れやけど

逆に

個人のルーツ→言語化→?

何か生まれるんかな

それとも、単なる堂々巡りかな
長らく放置してしまったけど

諸々が一区切りついたので

また再開しようと思います


・・・


半年住んだ中井を離れ

雑司ヶ谷というところに引っ越した

変わったのは場所だけではなく

まぁ場所に付随する色々も併せた上での

生活環境もガラリと変わった

小さな一軒家に

研究室の友人と

2人で住む事にしたのだ

ルームシェア、いやホームシェアか


・・・


家賃や光熱費なんかの

日々の出費がある程度抑えられると同時に

他人と共同生活する事で

生まれるある種の緊張感が

研究をはじめとする勉学という面で

プラスになるだろうと

そういう要素、メリット(この表現はなんか心苦しいものがある)が

一番大きかったように思う


・・・


掃除機や冷蔵庫といった

生活家具を自分の部屋に置かなくてよくなったので

相対的に自分の部屋は広くなったし

無線LANも完備

研究のための空間として申し分ない

どんどんストイックになれるはず

というか、ならねばならない

これから年末にかけて

グンと伸びてやる


・・・


最近は建築の本も読むようにしている

ジェイムズ・F・オゴーマン『建築のABC』

安藤孝一『くうかん』

まだまだ言葉で理解できても

体感的に身に付いてる感じがしない

そのへんの感覚が

今まで鍛えてこんかった分

欠けてるなぁ…とはっきり自覚できてしまう

今からでも間に合うんかなぁ、どうなんやろか
投稿論文の修正

設計課題の修正

諸々が落ち着いて

最近になってようやく

「これから」の事に目を向けられるようになった


・・・


ひとつは、アルバイト

せずに済むならしたくない、と

近頃は本気で思う

今までも当然のように思っとった事やけど

福井に居た頃なんかは

気を紛らわす為に

或いは、日々を何とかして埋める為に

そういうニュアンスが強かったように思う

とはいえ、東京は金のかかるまちで

ライフワークである研究もタダではできないもので

仕方なく、スーパーでレジを打っている

仕事そのものは楽で、何よりだ


・・・


入学当初も感じた事やけど

東京の人は

初対面の人間に対して

とてもフレンドリーで

人見知りである自分にとっては

非常に嬉しい、というか助かる

でも「知り合い」から始まる、交友までの距離が

地元や福井より遠い気がする

気のせいかな

自分が年取っただけやろか


・・・


話を戻して

ようやくD論にも着手し始めた

といっても、まだテーマすら曖昧な状態

少し前にあったD生の中間発表を

見に行ったときの雑感や

池田町でお話を伺った

内山節氏の話が

色々とひっかかって

思うように進まん


・・・


博士論文というものは

研究者としてのひとつの関門のようなモノだと考えている

ふるい的な意味はさておき

数年かけて綴る自分の論文の中で

対象は何であれ

そこでぶちあげる信念のようなものが

研究者としての自分のテーマになってゆく

川上教授も仰っていた事であり

前述の中間発表でも耳にした事だ


・・・


内山氏が仰るには

研究者の立場/地位は

これからどんどん下がってゆくとの事

例えばどこかの地域を対象にして

何かしらの調査を行ったとしても

それ自体が地域に直接的に還元される訳ではない

究極的な事を言うと

そこに何年も住み続ける事でしか

地域の本質は分からないから

表層の議論は

地域の為にならない


・・・


今の自分は未熟が過ぎて

対する言葉もない

どっかで「そんな事はない」と言えるのか

或いは折衷案を見つけ出せるのか

おそらく長い間、向き合い続ける事になるんかな


・・・


悩んで、考えるのが今の仕事