□11/3(水) 文化の日
『TOKYO DESIGNERS WEEK 2010』なる催しを見に、明治神宮へ
最終日、そのうえ祝日
混雑を覚悟して、自転車で会場へ
ブルーで統一されたそこに着いてみると
まぁ朝一で行ったのが良かったのか
そこまでの混雑は無かった
デジカメ片手に早速うろうろする
・・・
デザインというものは
まぁ得てして普通の発想の少し上を行くもので
心の中で「ほほぉ…」とつぶやきがもれる
平然としてそこに在るモノが
平然としてそこに在るに至るまでの
膨大なスタディを想像するのが
わくわくして、楽しい
・・・
よく分からんモノをいくつか購入して
開場を後にし『BABE』へ
小綺麗なテーブルに
資料とPCを汚く広げてスタディ
ある程度までまとまった後は
ビールを飲みながら、とりとめの無い事を考えてみた
あまりにくだらんので
くだらなさ過ぎて
逆にアタマの中に残ってしまった
あえて活字化してみようかね
題名『ドラえもんの舞台におけるまちづくりに関する一考察』
・・・
『ドラえもん』の舞台で、まちづくりを考えてみる
「のび太君世代(1964年生まれ)」は46歳(2010年現在)
まちづくりの担い手としては決して遅くはない
場所は東京都の練馬区(参考:wikipedia)
・・・
【1】中心人物
この場合、キーパーソンになるのは
間違いなくジャイアン
まちなかの商店を営んでいるという事
なおかつ「昔のガキ大将」としてのカリスマ(?)性
名誉職を快く引き受けてくれそうなキャラであり
市民団体、NPOなどを組織するにあたり
住民を率いていくバイタリティがある、と推測
よって、ジャイアンを中心に据え
パトロンとしてのスネ夫
ファシリテーターとして出木杉氏/のび太、という陣形
(住民の合意形成を導くにあたり
秀才の出木杉だけでは、住民との距離が生まれるのではと予想
そこで頼りないのび太とタッグを組ませて
住民と程よい距離を保っていく)
・・・
【2】拠点
ドラえもんの舞台におけるまちづくり拠点としては
①剛田商店、②空き地、③学校の裏山が考えられる
ただし②空き地については
地権者が不明という事と
ドラえもんは1970年代の話やから
バブルを経た2010年の東京都練馬区において
そのまま残っている可能性は極めて低い
③裏山も、小学校に近いという点もあり魅力的やけど
空き地と同様、地権者が誰かはっきりしないので難しい
そのため
①剛田商店を地域の核として考えていく
まず、本来の商店機能の多様化をはかる
訪問販売などの、高齢化への対応策や
農産物の朝市など、地方との提携等を行っていく
遠方との連携策については、スネ夫(の父親)の人脈を活かしたい
その上で、商店のコミュニティスペース化を進めていく
祭りの復興とか、イベントも取り入れていくべき
・・・
まちづくりを目指す道の上にどこでもドアは無いのだ
・・・
■11/4(木)
10:00からVON研で作業のお手伝い
現在やっている温泉地のプロジェクト関連の資料を
自分の肥やしにもすべく、穴が空く勢いで見る
・・・
18:00から研究室でゼミ
B生の卒論が提出間近で
ゼミもピリピリした空気が漂う
マンツーマンで論文をチェックする事も増えてきた
ドクター見習いとして
さすがにこの時期は、自分の事ばっかりという訳にはいかない
後輩の指導も、当然のタスクなのだ
・・・
最近の目下の仕事である肘折の調査について少し
肘折は山形県の最上郡・大蔵村にある温泉地
先月、教授から話を頂き
そこで行う調査に参加する事になった
研究室、或いはチームで行うものではなく
基本的に個人参加で
色んな大学から、色んな分野の学生(博士課程)が集まり
学際的に行うというもの
他分野の研究者仲間ができるかもという期待や
温泉地という特異な場所を、後々の自分のフィールドにできるかもという野心
断る理由は何一つなかった
・・・
まちづくりに関しての肘折温泉の特徴として
強力な自治組織の存在、という事が挙げられる
中世、様々な集落で『契約講』『講』というものが存在していた
これは、農民達が自分たちのムラを守る為には協力し合わなければならないという必然性から
自然発生的につくられた相互扶助の自治組織
歴史の教科書でよく見る『五人組』と似とるっちゃ似とるけど
これは既存の『契約講』に幕府が目を付け
行政のために利用しようと制度づけたものでしかなく
農村の生活を極度に規制したものだ
対して契約講は、日常生活に溶け合って、全く自由な立場から参加する自治組織であり
『村八分』という言葉にもあるように結びつきは強い
結果として、藩政の終わりと共に五人組は姿を消したけど
契約講は変容しながらも受け継がれている
(それでもさすがに多くは形骸化しているらしいけど)
・・・
肘折の自治組織『肘折三十六人衆』は
言わば、肘折版の契約講
そもそも契約講そのものが
ムラの者だけでまとまろうとする排他的な組織である事に加え
『山奥』の『温泉地』という肘折特有の条件が
排他性をより強いものにした
特に、共有財産である温泉に関する権利関係は
転入者などに対し非常にシビアだという
・・・
『肘折三十六人衆』の役割を通じて
(おそらく『第2の公共』的なはたらきがあるはず)
温泉/湯治場という観光地において
都市計画までは至らずとも
その空間変容に『肘折三十六人衆』が果たした役割は大きいのではないか
言い換えれば
中世以降、変わりゆくまちの姿に
どの程度、自治組織は関与してきたんやろか
そのへんが個人的に気になる
・・・
また、他地域からの転入者も増加し
行政なんかが自治組織に代わり多くの役割を一応は果たしている現在
今なお残る『肘折三十六人衆』は
排他的な性格を残しつつも
ある程度柔軟に体制を変化させてきたのでは、というのが自分の推測
そういう事をふまえて、地域の将来像をあぶり出せたら理想やね
・・・
トマト鍋が食べたい
『TOKYO DESIGNERS WEEK 2010』なる催しを見に、明治神宮へ
最終日、そのうえ祝日
混雑を覚悟して、自転車で会場へ
ブルーで統一されたそこに着いてみると
まぁ朝一で行ったのが良かったのか
そこまでの混雑は無かった
デジカメ片手に早速うろうろする
・・・
デザインというものは
まぁ得てして普通の発想の少し上を行くもので
心の中で「ほほぉ…」とつぶやきがもれる
平然としてそこに在るモノが
平然としてそこに在るに至るまでの
膨大なスタディを想像するのが
わくわくして、楽しい
・・・
よく分からんモノをいくつか購入して
開場を後にし『BABE』へ
小綺麗なテーブルに
資料とPCを汚く広げてスタディ
ある程度までまとまった後は
ビールを飲みながら、とりとめの無い事を考えてみた
あまりにくだらんので
くだらなさ過ぎて
逆にアタマの中に残ってしまった
あえて活字化してみようかね
題名『ドラえもんの舞台におけるまちづくりに関する一考察』
・・・
『ドラえもん』の舞台で、まちづくりを考えてみる
「のび太君世代(1964年生まれ)」は46歳(2010年現在)
まちづくりの担い手としては決して遅くはない
場所は東京都の練馬区(参考:wikipedia)
・・・
【1】中心人物
この場合、キーパーソンになるのは
間違いなくジャイアン
まちなかの商店を営んでいるという事
なおかつ「昔のガキ大将」としてのカリスマ(?)性
名誉職を快く引き受けてくれそうなキャラであり
市民団体、NPOなどを組織するにあたり
住民を率いていくバイタリティがある、と推測
よって、ジャイアンを中心に据え
パトロンとしてのスネ夫
ファシリテーターとして出木杉氏/のび太、という陣形
(住民の合意形成を導くにあたり
秀才の出木杉だけでは、住民との距離が生まれるのではと予想
そこで頼りないのび太とタッグを組ませて
住民と程よい距離を保っていく)
・・・
【2】拠点
ドラえもんの舞台におけるまちづくり拠点としては
①剛田商店、②空き地、③学校の裏山が考えられる
ただし②空き地については
地権者が不明という事と
ドラえもんは1970年代の話やから
バブルを経た2010年の東京都練馬区において
そのまま残っている可能性は極めて低い
③裏山も、小学校に近いという点もあり魅力的やけど
空き地と同様、地権者が誰かはっきりしないので難しい
そのため
①剛田商店を地域の核として考えていく
まず、本来の商店機能の多様化をはかる
訪問販売などの、高齢化への対応策や
農産物の朝市など、地方との提携等を行っていく
遠方との連携策については、スネ夫(の父親)の人脈を活かしたい
その上で、商店のコミュニティスペース化を進めていく
祭りの復興とか、イベントも取り入れていくべき
・・・
まちづくりを目指す道の上にどこでもドアは無いのだ
・・・
■11/4(木)
10:00からVON研で作業のお手伝い
現在やっている温泉地のプロジェクト関連の資料を
自分の肥やしにもすべく、穴が空く勢いで見る
・・・
18:00から研究室でゼミ
B生の卒論が提出間近で
ゼミもピリピリした空気が漂う
マンツーマンで論文をチェックする事も増えてきた
ドクター見習いとして
さすがにこの時期は、自分の事ばっかりという訳にはいかない
後輩の指導も、当然のタスクなのだ
・・・
最近の目下の仕事である肘折の調査について少し
肘折は山形県の最上郡・大蔵村にある温泉地
先月、教授から話を頂き
そこで行う調査に参加する事になった
研究室、或いはチームで行うものではなく
基本的に個人参加で
色んな大学から、色んな分野の学生(博士課程)が集まり
学際的に行うというもの
他分野の研究者仲間ができるかもという期待や
温泉地という特異な場所を、後々の自分のフィールドにできるかもという野心
断る理由は何一つなかった
・・・
まちづくりに関しての肘折温泉の特徴として
強力な自治組織の存在、という事が挙げられる
中世、様々な集落で『契約講』『講』というものが存在していた
これは、農民達が自分たちのムラを守る為には協力し合わなければならないという必然性から
自然発生的につくられた相互扶助の自治組織
歴史の教科書でよく見る『五人組』と似とるっちゃ似とるけど
これは既存の『契約講』に幕府が目を付け
行政のために利用しようと制度づけたものでしかなく
農村の生活を極度に規制したものだ
対して契約講は、日常生活に溶け合って、全く自由な立場から参加する自治組織であり
『村八分』という言葉にもあるように結びつきは強い
結果として、藩政の終わりと共に五人組は姿を消したけど
契約講は変容しながらも受け継がれている
(それでもさすがに多くは形骸化しているらしいけど)
・・・
肘折の自治組織『肘折三十六人衆』は
言わば、肘折版の契約講
そもそも契約講そのものが
ムラの者だけでまとまろうとする排他的な組織である事に加え
『山奥』の『温泉地』という肘折特有の条件が
排他性をより強いものにした
特に、共有財産である温泉に関する権利関係は
転入者などに対し非常にシビアだという
・・・
『肘折三十六人衆』の役割を通じて
(おそらく『第2の公共』的なはたらきがあるはず)
温泉/湯治場という観光地において
都市計画までは至らずとも
その空間変容に『肘折三十六人衆』が果たした役割は大きいのではないか
言い換えれば
中世以降、変わりゆくまちの姿に
どの程度、自治組織は関与してきたんやろか
そのへんが個人的に気になる
・・・
また、他地域からの転入者も増加し
行政なんかが自治組織に代わり多くの役割を一応は果たしている現在
今なお残る『肘折三十六人衆』は
排他的な性格を残しつつも
ある程度柔軟に体制を変化させてきたのでは、というのが自分の推測
そういう事をふまえて、地域の将来像をあぶり出せたら理想やね
・・・
トマト鍋が食べたい