日本に戻ってきて、あらためて思ったことがある。

 

日本の役所は、実に面倒くさい。

 

何をするにも書類。
本人確認。
住民票。
戸籍。
印鑑。
マイナンバー。
申請書。
同意書。
控え。
コピー。

 

一体、同じことを何回書かせるのかと思うほど、紙が出てくる。
こちらは八十歳の爺さんである。
目も昔ほどよくない。
小さな字を読んで、細い欄に住所や名前を書き込むだけでも一仕事だ。

 

しかも日本の役所の書類は、妙にきちんとしている。
欄を一つ間違えれば書き直し。
日付が抜けていれば指摘される。
一枚足りなければ出直しになる。
 

日本という国は、つくづく書類でできている国だと思う。

私は昔から役人というものがあまり好きではない。
若い頃から、どうも官庁や役所という場所には苦手意識があった。
こちらが何かお願いに行く立場になると、どうも向こうが上で、こちらが下のような気分になる。
これは私の性分もあるのだろう。

 

しかし今回、日本に戻ってから何度も役所に行くうちに、少し見方が変わった。

 

たしかに手続きは面倒である。
書類も多い。
制度も分かりにくい。
だが、窓口の人たちは意外なほど親切だった。

 

番号札を取って待つ。
呼ばれて窓口へ行く。

 

こちらが分からない顔をしていると、職員が一つ一つ説明してくれる。

「ここにお名前を書いてください」
「こちらに住所をお願いします」
「この書類は次の窓口で出してください」
そんなふうに、実に丁寧に案内してくれる。

 

もちろん、相手も仕事だから親切にしているのだろう。
だが、それでも八十歳の身にはありがたい。

 

耳が遠くなっている私にも、ゆっくり説明してくれる。
書類の不備があっても、怒鳴られるわけではない。
こちらが間違えれば、淡々と直し方を教えてくれる。
面倒な制度の中に、人間の親切がある。

 

この点は、パースの役所とはかなり違うと感じた。

 

パースで暮らしていた頃、役所関係の手続きには何度も苦労した。
オーストラリアは合理的な国だと言われる。
たしかに制度そのものは、日本より簡単に見えることもある。
印鑑などない。
書類も日本ほど細かくない。
オンラインで済むことも多い。

 

だが、いざ問題が起きると、かなり厄介だった。

 

電話をしてもなかなかつながらない。
担当者が変わると話が通じない。
窓口に行っても、こちらの事情を聞く前から「それはできません」と突き放される。
説明も早口で、こちらが英語を聞き返すと、少し面倒くさそうな顔をされることもあった。

 

もちろん、親切な人もいた。すべての役所職員が悪いわけではない。
だが、全体としては、パースの役所にはどこか高圧的な空気があった。

 

「ルールはこうです」
「できません」
「次の書類を持ってきてください」
「それは別の部署です」

こちらが移民で、英語も完璧ではない日本人だと、余計に壁を感じる。
何かを尋ねても、こちらの立場に寄り添ってくれるというより、制度の壁の前に立たされる感じがあった。

 

パースで商売をしたり、ビザや税金や免許や年金関係の手続きをしたりすると、役所との付き合いは避けられない。
そのたびに、私は腹を立てた。
 

日本の役所も嫌いだったが、パースの役所もなかなか手強かった。

特に外国人として暮らしていると、役所の態度はこたえる。
英語の書類。
専門用語。
電話での説明。
本人確認。
予約。
待ち時間。
たらい回し。

こちらは必死で説明しているのに、相手は事務的に処理するだけ。
それが何度もあると、だんだん役所というものに対して構えてしまう。

 

その点、日本の役所は、手続きは面倒だが、人間の対応は柔らかい。

 

これが面白いところだ。
制度としては日本の方が細かくて面倒くさい。
しかし窓口の人は親切で丁寧。
 

一方、パースは制度が簡単に見える部分もあるが、対応はぶっきらぼうで高圧的に感じることが多かった。

つまり、日本は「面倒だが、助けてくれる国」。

 

パースは「合理的に見えるが、突き放されることもある国」。
私の実感としては、そんな違いである。

日本の役所の職員は、実に低姿勢である。
こちらが高齢者だからということもあるのかもしれない。
それでも、窓口で頭を下げ、丁寧な言葉で説明してくれる。
「お手数ですが」
「恐れ入りますが」
「こちらで確認いたします」
そんな言葉が自然に出てくる。

 

パースでは、こうはいかなかった。
向こうの職員は悪気があるわけではないのだろう。
ただ、文化が違う。
「できることはできる。できないことはできない」
「自分で読んで、自分で判断しなさい」
そんな空気がある。

それは自立した社会の良さでもある。
 

しかし年を取った者、英語が完璧ではない者、制度に慣れていない者には冷たく感じる。

 

日本は逆である。
制度は複雑で、書類は多い。
しかし窓口では、相手が迷っていると何とか助けようとする。
これが日本の良さなのだろう。

 

もちろん、日本の役所にも文句はある。

なぜ同じ住所を何度も書かせるのか。
なぜ役所同士で情報がつながっていないのか。
なぜこの時代にまだ紙が多いのか。
なぜ高齢者にこんな細かい書類を書かせるのか。
文句を言い出せばきりがない。

 

しかし、八十歳になって日本に戻ってきた私には、窓口の親切が身にしみる。

 

日本は便利な国だが、同時に面倒な国でもある。
そしてその面倒さを、人間の丁寧さで何とか支えている国でもある。

 

パースの役所では、私はよく腹を立てた。
日本の役所では、私はよく疲れる。
だが、最後に「ありがとうございました」と言って帰れることが多い。
この差は大きい。

 

若い頃なら、役所の面倒くささに腹を立てて終わっていただろう。
しかし八十歳になると、少し見方が変わる。

制度は冷たい。
書類は面倒くさい。
だが、窓口の向こうにいる人間が親切なら、少し救われる。

日本の役所は、決して楽ではない。
むしろ厄介である。
だが、そこには人間の丁寧さがある。

 

パースの役所で何度も突き放された経験があるからこそ、日本の窓口の親切がよく分かる。

 

私は役人嫌いの男である。
その性分は今さら変わらない。
だが、日本に戻ってきて、少なくとも窓口で働く人たちには少し頭が下がった。

面倒くさい国、日本。
だが、困った爺さんに最後まで付き合ってくれる国、日本。

そう考えると、悪くない。

 

役所の書類には今でもうんざりする。
しかし、窓口で親切に説明してくれる若い職員を見ると、
「日本もまだ捨てたものではないな」
と思うのである。

 

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