河津城【静岡県】 | サブローの城めぐり

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趣味のひとつである城めぐり。
これまで訪れた城趾の写真が溜まってきたので、備忘録的なものとしてブログを始めてみます。


河津城は蔭山勘解由によって築かれた砦。

蔭山勘解由は、永享の乱で滅ぼされた鎌倉公方足利持氏の子広氏で、乱の際に伊豆河津郷に逃れ蔭山を名乗り成長して河津に城を構えた。


延徳三年(1491年)、伊勢新九郎盛時(北条早雲)の伊豆攻略の際に麓からの火攻めが行われ、迫りくる炎を消すために山頂から大量の兵糧米を流し消火しようとしたが叶わず落城した。
蔭山広氏はその後後北条氏の家臣となったそうです。

今でも山頂ではその名残りで焼けた米を拾う事が出来る。
(と書かれている。500年以上前なのに!?)びっくり

本郭にて拾ってみた炭状のモノ



河津城は伊豆急の河津駅から歩いて行ける距離。
ハイキングコースとしてそれなりに整備されている。

麓あたりは、後年に作られた畑などに使われたであろう石積で平地が。

戦国期には蔭山氏の居館などがあったのかもと想像を膨らませる。

途中にはイノシシの罠が。
初めて実物を見た。

倒木が道を塞ぐが、行けないことは無い。

中間地点には休憩所がある。

スズメバチの巣か!?
もう使われていなかったようでハチの気配無し

ようやく山頂の本郭へ、シンプルな冠木門が建てられている。



標高180m

本郭にて。
ここら辺で焼米が拾えるのかな?

社的なものがあり、ボロボロだが米俵が積まれていた。

詰の城として使われていたようで、簡素な建物の痕跡しか見つかっていなかったようです。



マイナーな城趾ですが、伊勢新九郎盛時由縁のひとつとして下田の深根城とともに廻ってみてはいかがでしょうか。