どうも皆さん、おこんにち羽〜( ̄▽ ̄)
信じるためには証拠の必要な時代になっているのかな?と思う一羽です🪶
ただ、その信じた証拠が本物かを見極めたり、信じた後も疑うことを抜けてはいけないという、、、悲しいことですな(T ^ T)
さて、趣味絵です(^^)/
とり
はい。
趣味絵のときは、雑談(^^)/
皆さんは、救急対応をしたことはありますか?
救急の連絡をすること、
胸骨圧迫、
AED、
人工呼吸、
など、、、
ないに越したことはありませんが、
万一のとき、動けますか?
この、、、動いた時に、
相手が異性であった場合、性的な問題として扱われてしまうこともあるというのは、ご存知でしょうか?
ぶっちゃけ、
救急対応って、したときとしないときの状況や、
するにしても、スピードが勝負であるので、いち早く行動するのが正しいことです。
だというのに、
異性だ、、、助けるような行動をしても、訴えられるかもしれない。
なら、なんもしない方が、自分自身への被害はない。
そう。
救命行為をすることって、単純なメリットデメリットで言うなら、
デメリットでしかない。
仮に助かるなら、まだいいですが、
助からなければ、非難の対象になることもあるし、なにより自分の無力さを感じるかもしれない。
助けても、へんな言いがかりで訴えられるかもしれない。
メリットは、ない。
敢えていうなら、見捨てずに行動したというところ?
そう、、、
ただでさえ、メリットはないような状況で、
行動しているんです!?
だというのに、その勇気ある行動を非難批判するなんていうことが、許されていいものだろうか??
ますます踏み出す一歩が、
ココロない〇〇のせいで、遠のくようなことになるなんて、、、ホンマに悲しいですね。
