サザエさんーゆかた

ユカタのリサイクル。

朝日文庫版9巻〔31頁〕・昭和27年
『ゆかたを着て、ハンドバックを持ったサザエさんが、公園のベンチに腰掛けています。そこへ、ボストンバックを持って、大泣きしている赤ん坊を背負ったゆかたを着たお母さんがやって来ました』
『そのお母さんも、サザエさんが腰かけていてベンチの空いた所に腰かけて、背負っていた、泣き叫ぶ赤ん坊を、「よしよしおしめをかえてあげるよ」と言いながら降ろしています。サザエさんは、赤ん坊に向かって大きな声で、「バー」と声をかけアヤしています』
『そのお母さんは、赤ん坊をベンチに横たえ、はだかん坊にすると、ボストンバックのチャックを開き、中から、“オシメ”を取り出しました。サザエさんは慌てたように手を振り、ビックリしています』

さて、サザエさんは、オシメを見てビックリしていますが、何故でしょう、判りますか?

現代のように、便利な紙おむつのような物が出まわっていない頃のことです。判りますね!
そうなんです、そのお母さんが、ボストンバックから取り出そうとしているオシメが、サザエさんが着ているユカタの柄と全く同じでした。サザエさんの着ているユカタの柄と同じ布切れがオシメになっていたのです。

『赤ん坊のオシメと同じ柄の浴衣を着たサザエさんは、顔を赤くして、その場から立ち去りました』

今は、赤ん坊のオムツは便利ですね。赤ん坊のお尻に“ぴったりと合った形”に造られて販売されています。
バッグに入れて持ち運び、簡単・容易に、取り換え、漏れもありません。

子供の頃の昔、赤ん坊のオムツを“オシメ”と言い習わされていた頃、オシメの材料として、着古の浴衣が使われることがありました。
だから、サザエさんのように恥かしい思いをさせられることはあったでしょう。
赤ん坊は、オバちゃんと同じ柄のオシメだと喜んでいますよ。多分。
サザエさんー勘違い

カツオ君とワカメちゃんは、弟妹で自分の子ではありません。

朝日文庫版8巻〔99頁〕・昭和27年
『サザエさんが、タラちゃんを抱っこし、カツオ君とワカメちゃんを連れて、お菓子屋さんの店先にいます。サザエさんは、飴を買っています。お店の太ったオバサンが、サザエさんに、「おくさんのおわかいこと」と真面目な顔をして言いました。サザエさんは、嬉しそうに、「あんなこと!」と言って、はにかんでいます』
『サザエさんは、嬉しかったのか、「おせんべいももらっていこうかしら」と追加の注文をし、オバサンは、「ハイハイ」と言って、おせんべいを入れる紙袋に息を拭き込んで膨らませています。抱っこされたタラちゃん、カツオ君とワカメちゃんも、袋を膨らましているオバサンを興味深そうに見ています』
『おせんべいを、紙袋に詰めたオバサンは、サザエさんにお煎餅を詰めた袋を渡しながら、「ほんとおせじはもうしませんわよ」と言いました。タラちゃんを抱っこし、カツオ君とワカメちゃんが、くっ付くように傍に立っているサザエさんは、「そうかしら」と言っています』

さて、オバサンは、「ほんとおせじはもうしませんわよ」と言っていますが、
その後、何といったのでしょう、判りますか?

カツオ君、ワカメちゃん、タラちゃんが一緒ですから、判りますね!
そうなんです、オバサンは、この3人を、サザエさんの子供たちだと勘違いしたようです。
カツオ君が、サザエさんの息子と思えば、確かに、サザエさんは、若く見えたのでしょう。

『オバサンは、言いました。「とてもお子さんが三人もおありだとは見えませんわ!」、サザエさんは、卒倒しています。カツオ君が見えなくなったのは、倒れてくるお姉さんを、影で支えているのでしょう』

「サザエさん」を読んでいると、確かに、サザエさんと、カツオ君、ワカメちゃんは、歳の離れた姉弟妹(まとめてキョウダイ)だなと思うことがあります。
このキョウダイの歳はどれくらい離れているのだろうと思うのです。

磯野家のみなさんが、ある時点で、自己申告した年齢によると
お父さん・波平さんは、54歳
お母さん・フネさんは、50うん歳
サザエさんは、24歳
カツオ君は、11歳・小学5年生
ワカメちゃんは、9歳・小学3年生
タラちゃんは、3歳
ついでにマスオさんは、28歳、早稲田大学出
だそうです(「サザエでございま~す」扶桑社)。
まともな歳の差ですね。いや、そうではありませんね!サザエさんとカツオ君・ワカメちゃんとの歳の差は大きいようです。
この姉と弟妹が、親子に見えておかしくはないかもしれません。
お菓子屋さんのオバサンは、≪サザエさんを見て、3歳から11歳の子供たちの親だったら、30半ばを超えているはず。それに3人の子育ての苦労があれば、少しはくたびれているはずと思えば、若いな!≫と思ったのでしょう。
しかし、オバサン、「その二人の子達は、彼女のお子さんではありません。弟さんと妹さんです」
だから、そこにいる赤ん坊を抱っこしているお母さんが若いのは当然なのですよ。お世辞を言うには値しません。
でもお世辞を言った効果はありましたネ。お煎餅も売れましたよ。さすが、商売上手な方だ!
サザエさん―セリフのないサザエさん

お父さん、サザエさんの編みかけの編み物を黙って編んでは駄目です。

朝日文庫版7巻〔106頁〕・昭和26年
『七輪に鍋が置いてあり、蓋の下から湯気が盛んに吹き出ています。誰もいない其処にやってきた、サザエさんのお父さんが、置いてあった、編みかけのセータを取り上げ、2本の編み針を上手に動かしています』
『七輪の上の鍋は、相変わらず蓋の下から湯気を噴き出しています。七輪の傍にはカツオ君が座り込み、両手を差し出して団を取っています。其処へ、サザエさんがやってきて、置いてあった編みかけのセータを取り上げ、驚いています』
『サザエさんが、座り込んでいるカツオ君の肩をポーンと叩き、何やら言っています。隣の部屋で新聞を読んでいたお父さんは、何事か?とサザエさんの方を見ています』
『居間のテーブルの前の椅子に座ったサザエさんのお父さんは、自分の膝の上にカツオ君を座らせ、ヨシヨシと言わんばかりに、カツオ君の頭を撫でています』

以上のように、四コマの中に、セリフが全くありません。お父さんは、何故、カツオ君の頭をなぜているのか理解できません。
そこで、勝手にセリフを入れてみました。
1コマ目のセリフ:部屋に入ってきたお父さんは、部屋の中に七輪を置いて、拭いている鍋をかけたまま、誰もいない部屋の様子に驚いて、
「危ないな!火事になるぞ」と心配しました。そして、そこに、編みかけのセータが置いてあるのを見つけ、「なんだ、サザエのやつ、セータを編みかけたもまま、放りっぱなしだ」と愚痴っています。編みかけのセータを手にして、「これ位俺だって編めるぞ」と言うと、器用に編みはじめました。
2コマ目のセリフ:お父さんが居なくなった後。カツオ君が部屋に入ってきて、「今日は寒いな」と言いながら、七輪に手を差し延ばして温めていると、そこにサザエさんがやって来ました。サザエさんは、編みかけたままだったセータが気になり、持ちあげました。そして、「アラー!編みかけだったセータが、編まれているわ!不思議だわ!」と思いました。
3コマ目のセリフ:サザエさんは、七輪で手を温めているカツオ君が、最近、学校で家庭科の授業で、編み物も習っているのに気付き、「あら!カツオやるじゃない!お姉ちゃんが編みかけていたセータを編んでくれたの?エライエライ」と言いながらカツオ君の肩をポーンと叩いたのです。隣の部屋で新聞を読んでいたお父さんは、騒がしい2人に黙っています。「俺が編んだんだよ」とも言わず知らん顔をしていました。
4コマ目のセリフ:お父さんは、カツオ君を膝の上に腰かけさせ、頭を撫で撫でしながら「●・・・・●」と言っています。しかし、「●・・・・●」は何と言っているのか思いつきません。

四コマ目では、お父さんは何と言ってカツオ君の頭を撫ぜているのでしょう?お父さんは、セータを編んだのは自分だと分かっています。カツオ君は、誰が編んだのか判っていません。カツオ君にすれば、お姉さんに、褒められたのも、お父さんに撫で撫でされているのも、何故か?さっぱり分からないでしょう。
矢張り、お父さんの 「●・・・・●」は、重要です。
お父さんは、カツオ君がサザエお姉さんに、「僕じゃないよ」「僕何にも知らないよ」などと言わず黙っていたことを褒めているのでしょう。
お父さんの編み物は、多分上手ではない筈です。お父さんが編んだセータはよく見ると、上手に編まれてはいないでしょう。学校の家庭科で習っているカツオ君の編み物と思えば、「よくやった」と思えても、やはりよく見ると、「編み直さないとだめだわ」とサザエさんは思うでしょう。そう思われたら、お父さんのやりすぎです。だから、「編んだのは僕じゃないよ」と言わずに黙っていてくれたカツオ君は、お利口さんなのです。
したがって、お父さんの「●・・・・●」は、「カツオ、何にも云わずに黙っていてくれたので助かったよ、お父さんじゃないのかなーなどとサザエに言っていたら、父さんは、サザエに叱られたよ、黙っていてくれてありがとう。よしよし」と言いながら頭を撫でたに違いありません。
サザエさん―モンキーに似て可愛い?ワカメちゃん

「お姉さんたちが言ったように私って可愛いわ!」

朝日文庫版7巻〔56頁〕・昭和26年
『ワカメちゃんが、家の外で、オモチャのバケツとスコップの砂場遊びの道具を使って、泥ダンゴを作っていると、お下げ髪とおかっぱ髪の、2人の女学生が通りかかりました。2人は、泥ダンゴを作っているワカメちゃんを見ると、「あらあのこかわいいわね~~~~」と言いました』
『お下げ髪の女学生が、「ちょっとモンキーに、にてるじゃない」と言い、2人の女学生は、何やら、楽しそうにワカメちゃんのことを言い続けています。そんな二人のお喋りは、ワカメちゃんに聞こえ、ワカメちゃんは、2人に注目しています』
『2人が、ワカメちゃんの傍を通り過ぎる時、ワカメちゃんは、オモチャのバケツとスコップを放り出して、立ち上がり、両手をモゾモゾと揉み揉み恥ずかしそうに俯いています』
『家に帰ったワカメちゃんが、鏡台の前で、鏡の中の自分を見ながら、櫛で髪の毛を、お淑やかに梳いています』

ワカメちゃんは、2人が「モンキーに似てるわね」と言っているのを聞いて嬉しかったのでしょうか?いや、「あらあのこかわいいわね~~~~」と言われ、もうそれだけで嬉しかったのだと思います。
「モンキーに似ている」では嬉しがっては居られないと思うのですが。
モンキーは猿です。猿に似ていると言われて、恥じらうほど嬉しかったでしょうか?よく判りません。しかし、お猿さんの人形は、沢山あります。これらを見ていると、本当に可愛い、お猿さんも沢山あります。そんなお猿さんの人形を見ると可愛いと思えます。しかし、モンキーでは、可愛いと言うより、動物園で見る悪戯なお猿です。可愛いとは、思えません。
女学生さんも、「モンキー」ではなく、「あら!あの子、お猿のお人形さんみたい」と言ったのであれば、可愛さは伝わって来ます。
しかし、ワカメちゃんは、「モンキーに似ている」と言われる前に、「あらあのこかわいいわね~~~~」と言われているので、それだけで良かった筈です。
わかめちゃんは、可愛い自分を鏡の前で、髪を梳きながら、確認しています。
「お姉さんたちが言ったように私って可愛いわ!」と改めて見直したのでしょう。
落ちがよく判らない、サザエさんでした。
サザエさん―母の日の出来事

カツオ君!お小遣いの無駄遣いしなければよかったのに!でもグッドアイデアだったね。

朝日文庫版6巻〔46頁〕・昭和26年
『母の日です。カツオ君が、勉強机の前に座り込み、貯金箱を逆さにしてお札やお金を畳の上にバラバラと落とし、「もっとおこづかいためときゃよかった」と嘆いています』
『カツオ君が、嬉しそうな笑顔で、お母さんの上半身以上に大きな花束をお母さん渡しています。お母さんは。その大きな花束に驚いて、「マア!母さんに?ありがとう」と言いながら受け取っています』
『暫くすると、カツオ君は、「すんだらかえしてネ、ぼくのおこづかいだけじゃないの」と言いながら、お母さんが嬉しそうに持っていた花束を取っています。お母さんは、ビックリして、大きな花束をカツオ君に渡しました』
『カツオ君の友達の家です。友達が、あの大きな花束を、お母さんに渡しています。友達のお母さんも、大きな花束に驚いて、「マア!坊や!!ありがとうありがとう」と大喜びです。その友達の家の外に、カツオ君の2人の友達がいて、一人が、他の一人に、「つぎはボクだよ」と確かめています』

母の日に、お母さんに感謝して花束のプレゼント!お小遣いで買おうと思って、貯金箱をチェック。
残念だね、無駄遣いばかりしているから、良い花束を買うにはたりないよ!
カツオ君、君の友達は、揃って無駄遣いばかりしているようだね。
カツオ君のアイディアなのかな?君たち4人は、どんな話し合いをしたんだ?
多分、4人集まって、カツオ君が言い出したんだろう。
「俺、今日母の日だから、母さんに花束をプレゼントしようと思って、貯金箱を引っくり返したけど、花束を買うには、全然足りないんだ。困ったよ」
君たちは、何時も駄菓子屋に行って、無駄遣いばかりしていたから、
「俺も、花束を買えるほど貯めっていなかったよ。困ったよ」
と皆が言ったんだろう。そこで、カツオ君、いろいろ考えて閃いたんだろう!
「そうか、君たちもそうか!う~~~ん。そうだ、僕たちの少ない貯金でも、集めれば、大きな花束を買えるよ!大きな花束を買って、廻すことにしないか」と君が言い出したんだね!その時、友達は、何と云った?
「そうだそうだ」と同意したんだね。
しかし、大きな花束を買ったもんだ!お母さんの上半身を越えているじゃないか。お母さんたちは、そんな大きな花束に感激していたネ。
「そんな大きな花束でなくても、いいのに!一輪の花でも心のこもった花なら良いと思うよ!何だってカツオ君!」
カツオ君が言っています。
「そう思ったんだけど、僕たちは、思い切り大きな花束を、お母さんに渡して、驚き感激するお母さんたちの顔を見たかったんだ。だから、みんなの貯金を集めて、大きな花束を買うことにしたんだ。お母さんたちは、みんな、花束の大きさに驚き感激していたよ。僕のお母さんも感激していたけど、A君のお母さんは、感激して涙を出していたな」
「でも返して貰うときは、どうだった?」
「うん、その時も驚いていたね、でも、お前たち、賢いねーと褒めてくれたよ」

サザエさん―あたしミカンじゃない

“紀州”か“伊予”生まれの女性より、九州で生まれた私は美人です!

朝日文庫版5巻〔120頁〕・昭和25年
『作業衣を着て、ネジリ鉢巻きをしたオジサンが、リヤカの荷台一杯に、ミカンを入れた箱を乗せて、「あまいミカンいかがですか」と呼びかけながらやって来ました。タラちゃんを背負ったサザエさんのお母さんが、それを聞いて、「そうね少しもらっもいいわ」と言いながら門の中に入って行きました』
『門の外で、待っていたオジサンの所に、サザエさんが、籠を持って駆け付けました。オジサンは、箱の中のミカンを指さしながら、「おくさんきしゅうですかいよですか」と尋ねました』
『それを聞いたサザエさんは、左手をあげて、手のひらを横に大きく振りながら,「ちがうちがうあたし九州よ!」とオーバーに答えています。オジサンはキョトンとしています』
『サザエさんは、買ったミカンを籠一杯に入れた籠を持って、「ゆかいなオジサンね!」と言いながら戻って行きました。オジサンは、さらにキョトンとしています』

大人のサザエさんが、ミカンを売っているオジサンに“きしゅうですかいよですか”と聞かれれば、ミカンの産地を聞かれているのだと、直ぐわかる筈です。
しかし、オジサンの問いに対して、「ちがうちがうあたし九州よ!」とはどういうことでしょう?
ミカンの産地は、“紀州”や“伊予”だけではありません。九州でもミカンの産地が沢山あります。その一つ温州ミカンとして、“熊本”は九州一の産地です。
ミカンを専門に売っているオジサンが、リヤカの上に“紀州”か“伊予”のミカンしか積んでいないのであれば、「ちがうちがうあたし九州よ!」と言われれば、「申し訳ありません。九州のミカンはございません」と冷静に答えるべきで、キョトンと驚くしぐさは間違いでしょう!オジサン。
どうやら、そそっかしいサザエさんは、早とちりしたようですね!ミカンの産地ではなく、綺麗な私の産地を聞いてきたと思ったのでしょうか?
サザエさんは、九州の何処で生産されたのでしょうか?
判ったのは、幕末に九州の磯野藻屑源素太皆(いそのもくずみなもとのそたろう、〈エエッ、あの源の子孫ですか?〉)の次男・波平と静岡の石田家の長女・フネとの間に長女として生産されたことです。(アニメサザエさん公式大図鑑・扶桑社)
これから、サザエさんは、細かには分かりませんが、九州で生まれたと言えるでしょう。従って、「ちがうちがうあたし九州よ!」は、欲しいミカンの産地を聞かれて「九州よ」と言ったのではなく、生まれたところを聞かれて「九州よ」と答えたのは明らかです。
ミカンを買う際に、欲しいミカンは“紀州”か“伊予”ですかと尋ねられ、それを、サザエさんが生まれたところを聞かれたと判断したサザエさんは、どうしても、そそっかしく、早とちりの女性だと言わざるをえません。
“紀州”か“伊予”生まれの女性より、九州で生まれた私は美人です!と言いたいのでしょうか?
サザエさん―素直な落ち(28)

連休に連れて行く所は、蝦蟇口と相談して決めるサザエさん。

朝日文庫版6巻〔34頁〕・昭和28年
『カツオ君が、サザエお姉さんに、「ネ~~おやすみがつづくからつれてってよ~ウ」とおねだりをしています。サザエさんは、壁掛けカレンダーを見ながら、「まアそうだんしてみなきゃネ」と言いました』
『サザエさんは、カツオ君の手を引いて、縁側でタラちゃんを膝の上に乗せてあやしているマスオさんの方に行きました。カツオ君は、サザエさんがマスオ兄さんと相談するのかと思いました。しかし、サザエさんは、その横を通り過ぎました』
『さらにサザエさんは、カツオ君の手を引いて、お座敷で新聞を読んでいるお父さんの方に行きました。カツオ君は、サザエさんがお父さんと相談するのかと思いました。しかし、サザエさんは、その横を通り過ぎました』
『サザエさんは、居間に入ると、文机の引出しから蝦蟇口を取り出すと、真剣な眼差しで、中に入っているお金を数えています。カツオ君は、なぁーんだと茫然としています』

カツオ君は、“連休に何処かへ遊びに連れて行って貰いたい”と思い、お姉さんにお願いしました。お姉さんは、相談しなければ言いました。カツオ君は、サザエさんが、家の中の相談しようとする場所にカツオ君を連れて行ってくれると思いました。
マスオ兄さんのいるところを通り、お父さんのいるところを通り、その度に、カツオ君は、サザエさんが、マスオ兄さんと、お父さんと相談するのかな-と思いました。しかし、サザエさんは、2人には何も相談もせず、通り過ぎるだけでした。
サザエお姉さんは、文机が置いてある部屋に入ると、机の引出しを引き出し、相談を始めたようです。
相談の相手は、お父さんでも、お兄さんでもない、蝦蟇口でした。サザエさんは蝦蟇口の口金を開くと、蝦蟇口の中を真剣に覗き込んでいます。蝦蟇口と相談の結果はどうだったのでしょうか?サザエ姉さんは、果たして、遊びに連れて行ってくれるのでしょうか?
サザエお姉さんは、お父さんやお兄さんに相談しても頼りにならない、信頼できるのは、蝦蟇口の中のお金だったのですね。
多分、蝦蟇口に沢山のお金が入っていないような様子から、お姉さんは、
「カツオ、相談したところ、遠くへはいけないわ、近くの遊園地なら行けそうよ。それで良い」
と蝦蟇口と相談した結果を発表してくれました。
カツオ君は、“お父さんやお兄さんに相談しないの、もっといい所へ行けるかもしれないよ”とは言いませんでした。自分のお願いを真面目に聞いてくれる優しいお姉さんの思いやりを思うと、そんなことはできませんでした。
カツオ君は、
「お姉さん、そうしてくれる。行こう行こう。連れて行って、有難う」
と明るく大きな声で叫んでいました。

サザエさん―素直な落ち(27)

ヘチマの化粧水は、効果がないことをサザエさんの顔の肌が教えてくれました。

朝日文庫版6巻〔122頁〕・昭和28年
『サザエさんが、夏の日、隣の家に遊びに行きました。庭の方で、隣の家の奥様が、土から芽を出して数日の植物に、ジョウロから水をかけています。それを見たサザエさんが、「なんですの」と聞きました。奥様は、「ヘチマですのけしょう水をとろうと思って」と教えてくれました』
『すると、サザエさんは、「ぜひおすすめしますわ」と何やら得意げに言いました。奥様は、興味深そうに、「そんなにいいんですの」と尋ねてきました』
『サザエさんは、自分の頬を両手でさするようにして、「ええ、私まいとしつけてますのよ」と答えています。奥様はそんなサザエさんを見て、口をぽっかりと開いたまま、呆れてたように、啞然としています』
『夕暮れになり、奥様は、ご主人と縁側で夕涼みをしています。庭には、芽を出したばかりの植物が、ぐったりと萎れています。萎れた姿を見たご主人が奥様に、「ヘチマやめたのかい」と聞きました。奥様は、萎れたヘチマに目をやり「ええ」と哀しそうに答えました』

奥様は、実に哀しそうです。
ご主人に教えてあげました。
私が、化粧水を採ろうと、庭に撒いたヘチマの種、やっと芽を出し、大きくなって、ヘチマの実を実らせた後、化粧水を採ろうと、楽しみにしていたのよ!その化粧水を私の綺麗な顔に染み込ませ、ますます綺麗になろうと思っていたのに!
今日、サザエさんが来たばっかりに、変なことになってしまったわ!
だって、サザエさんたら、芽が出たばっかりの私のヘチマを見て、「なんですの」と聞くものだから、「ヘチマですのけしょう水をとろうと思って」と教えてあげたの、そしたら、サザエさんも、毎年、ヘチマの化粧水を取って、「つけてますのよ」と言うんだもの、私、“エエエエッ”と驚いたの、だって、サザエさんの顔の肌、全然綺麗ではないのよ、荒れっぱなしよ、毎年つけてあんなになるのだったら、ヘチマの化粧水なんかやめにするわ。
こんな事情で、主人が「ヘチマやめたのかい」と聞くから、奥様は「ええ」と素直に答えたのでした。
サザエさん―素直な落ち(26)

カツオ君は、雄鶏が、時の記念日だから、コケコッコーと鳴いてくれたと思い、感謝のお礼をすると言う素直な落ちでした。しかし、鶏は、別の理由で啼いただけです。カツオ君の思い違いです。

朝日文庫版6巻〔79頁〕・昭和28年
『涼しげな半袖シャツと半ズボンを履いたカツオ君が、昔のレトロな踏み台を抱え、「ときのきねんびだから」と言いながら柱時計の下にやって来ました』
『カツオ君は、柱に掛けられていた丸型の時計を、柱から取り外し、座卓の上に置くと、「いつもトキをしらしてくれてありがとう」と言いながら、その時計を布切れで懸命に拭いています』
『すると、縁側に雄鶏がやって来て、首を高く伸ばし、「コケコッコーー」と鳴きました。カツオ君は時計を拭き続けながら、振り返り、「よしよしわかってるよ」と言っています』
『カツオ君は、ボウルに米粒を入れて持ってくると、縁先にいる雄鶏に米粒を「ごちそうだよ」と言いながら、パラパラと撒き、与えています』

カツオ君
「今日は、時の記念日だ。何時も、柱に掛けられて、時を知らせてくれる柱時計に感謝して、埃をかぶっている時計を、たまには綺麗に掃除してあげよう」。
「アレ!庭に放し飼いにしている雄鶏が、縁側に近づいてきて、「コケコッコ~」と啼いてるぞ!」
「何を思ったのかな?どうして今頃啼くのかな?きっと、この鶏も、僕が柱時計を綺麗に拭いているから、今日が時の記念日だと気付いたのだな。いつもお世話になっている時計に感謝して綺麗にしているのがわかったのだ」

雄鶏君
「コケコッコ、オイ!カッオ君。そうじゃないよ。もう日も高くなっているのに何してるんだ。まだ朝から餌を貰ってないぞ、庭には食べるものは何にもないぞ!時計なんかどうでもいいから、早く餌をくれ!コケコッコー」
カツオ君
「あれ!雄鶏君、お前も今日が時の記念日だと知ってたのか?今日は特別大きな声でコケコッコー-と啼いてくれたね。よしよし、ご褒美だ!特別に米粒を御馳走するよ、お腹一杯食べてくれ」

とカツオ君は、特別に、ボウルにお米を入れて持ってくると、パラパラパラパラと沢山撒いて、手に入れるのも難しい貴重なお米を雄鶏に御馳走したのです。
カツオ君は、時の記念日に、雄鶏がコケコッコーと鳴いてくれたと思って、感謝し、お礼をした。そんな素直な落ちでした。鶏は、別の理由で啼いただけです。カツオ君の思い違いです。
サザエさんーワカメちゃん!さらわれるぞ。

他所のおじさんには、住んでいる所と名前を教えたらいけません。

朝日文庫版6巻〔18頁〕・昭和26年
『枯れ葉の落ちる街路樹の横に建っているポリスボックスの中に、制服・制帽のお巡りさんが、腕を組んで、丸椅子に腰かけて外を見張っています』
『そこへ、サザエさんのお父さんとワカメちゃんが、お巡りさんの前にやって来ました。何故か、お父さんが、ワカメちゃんをお巡りさんの前に押し出すと、「まいごです」と言っています。お巡りさんは、ワカメちゃんの前に来て、腰をかがめ、ワカメちゃんの顔を覗き込むようにして、「おじちゃんにおナマエきかちてネ?」と言いました』
『ワカメちゃんは、直ぐに、「イソノワカメ、おうちはせたがや、しんまち三の五一ばんち」と教えました。お巡りさんは、スクッと立ち上がると、胸を大きく反らし、「おうエライエライ」と大袈裟に褒めました。お父さんも、楽しそうに笑っています』
『笑い終わったお父さんは、「いいかネまいごになったら、ちゃんとそういうんだよ」とワカメちゃんに言い聞かせると、ワカメちゃんは「うん」と、お父さんに手を引かれて行きました。お巡りさんは、制帽が飛び上るほど啞然としています』

お父さん、それはいけません!可愛い女の子に、住所・名前を覚えさせて、例え、お巡りさんでも、覚えた住所・名前を教えてもいいように躾けては駄目です。ワカメちゃんの周りに、誘拐犯が近づいて「おじちゃんにおナマエきかちてネ?」と聞くかもしれません。
お父さんの躾け通り、ワカメちゃんが、住所・名前を誘拐犯に教えると、誘拐犯は、直ぐに、ワカメちゃんを誘拐し、お父さんに身代金を要求するか、ワカメちゃんを遠い何処か連れて行くかもしれませんぞ。
名前くらいは言えても、ワカメちゃんのように住所まで正確に言えるようにしない方が良いと思います。
最近、中学の女の子が2年間も行くえが不明の事件がありました。誘拐犯は女の子の名前を傘の名札で知ったと白状したそうです。住所・氏名を書いた名札などは子供の持ち物に付けない方が良いという、妙なことが言われ始めました。
小さい子が、迷子になったら、「僕(私)迷子になりました」と泣かずにハッキリ言えるように躾けましょう。
プロ野球の休場で、幼稚園の孫が迷子になり、球場の係りのおじさんの所に近づいて「僕迷子になりました」と言っただけで、オジサンは「迷子さんです」と大声で怒鳴ってくれて、無事母の元の戻れたことがありました。
しかし、妙な話ですね。