サザエさん―面白い落ち(104)

 

東大狂の受験生にショックを与えるにはこの手がある。

 

朝日文庫版34巻〔58頁〕・昭和42年

『公園のベンチで、多分、長いマフラと思われる布で頬かぶりをし、布の端を首にグルグル巻いて結んでいる、ぶしょう髭がポサポサの男が、竹串を、突き通したタバコに、火をつけて吸いながら、その友人だと思われる、くたびれたソフト帽を被り、もみあげが鼻の下まで届いているような、揉み上げと鼻髭が連なっているヒゲを生やした男と話をしています。ソフト帽の男が、頬かぶりの男に話しかけました。「幸福とはなんだろう?」。すると、頬かぶりの男が、「一番幸せ者の服もらって着ると長生きできると聞いて、王様が国中をさがさせた・・・・・・「オレのような幸せ者はいない」という声に服をもらいに小屋にいったら・・・・」と話し始めました』

『続けて、頬かぶりの男は、「その男は、身にまとうものなかったとさ・・・幸福とはそんなもんサ、主観的なんだ」と言いました。ソフト帽の男は、目が覚めたように聞いています』

『そして、ソフト帽の男が「おめえあんがい学があるな!」と驚くと、頬かぶりの男は、「これでも東大のてつがく科を出たんだ!」と意外なことを言いました。直ぐ傍のほかのベンチに、参考書を開いて勉強している、学生服を着た青年がいました。彼は、二人の男達の話しを聞いていたらしく、ルンペンのような男が、東大のてつがく科を出たというのを聞いて、ショックを受けたようです』

『二人の話を聞いていた受験生の青年は、居たたまれくなってベンチから立ち去りました。2人の男は、顔を見合わせて、「あの東大狂の受験生もだいぶネツがさめだろう」と言っています』

 

頬かぶりの男は、どんな人生を送ってきたのでしょう。

東大のてつがく科を出て、ルンペン生活、ホームレスのようです。

しかし、さすが、東大のてつがく科を出たと言うだけあって、立派なことを言っているようです。

幸せとは何だろうと問われて、アンデルセンの『裸の王様』のような童話を持ち出しています。

 

童話『裸の王様』は、細かく覚えてはいませんが、東大のてつがく科を出た頬かぶりの男がきかせてくれた話しとは少し違うようです。

 

少し、アンデルセンの『裸の王様』を振りかえてみます。

ウィキペヂアに紹介されているあら筋によると、次の通りです。

新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来る。彼らは何と、馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るという。王様は大喜びで注文する。仕事場に出来栄えを見に行った時、目の前にあるはずの布地が王様の目には見えない。王様はうろたえるが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかない。家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒める。王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨む。見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、その中の小さな子供の一人が、「王様は裸だよ!」と叫んだ。ついに皆が「王様は裸だ」と叫ぶなか、王様一行はただただパレードを続けるのだった。

この話は、頬かぶりの男が聞かせてくれた話とは違いますね。

 

頬かぶりの男の話は

「一番幸せ者の服もらって着ると長生きできると聞いて、王様が国中をさがさせた・・・・・・「オレのような幸せ者はいない」という声に服をもらいに小屋にいったら、その男は、身にまとうものなかったとさ」

というものです。

何も着る物がなく、裸でいても幸せであると思えば、幸福なのです、と言いたいようです。

例え、王様でも、幸福とは、主観的なもので、裸であっても、当人が幸せと思えば幸福なんだ。

という話になっています。

 

頬かぶりの男の話は、どんな逸話を引用したのか、あるいは彼の創作だったのか、判りませんが、ソフト帽の男が、感銘したような話でした。

 

しかし、東大のてつがく科を出たという、ルンペンのような頬かぶりの男の姿を見たら、東大狂の受験生も厭気がさすだろうと、売れない漫才コンビが仕組んだ芝居だったのかもしれません。