サザエさん―面白い落ち(57)
家内(奥さん)は、怖くて、強いものです。しかし、これほど愚かになってはいけません。
朝日文庫版29巻〔59頁〕・昭和40年
『作業台に、回転軸と一体となったプーリーが取り付けられ、これを駆動するベルトが作業台の上方にある駆動軸にかけられている、工務室です。その町工場の社長でしょうか?夜遅く、その工務室の中の小さな椅子に、一人悲しげな顔をした男の人が座っています。その男の人は、腕組みをして考えこみ、「ウチもにっちもさっちも行かなくなった・・・・・」と泣き出しそうな様子です』
『その男の人は、「にょうぼうは、ドライな女だからあとはなんとかしていくだろう」と言いながら、座っていた小さな椅子の上に新聞紙を載せ、拡げています。男の人は、泣き出さんばかりの悲しい顔をしています』
『男の人は、作業室内の上方にある駆動軸に、端っこを輪にした縄をぶらさげ、椅子の上の拡げた新聞紙に乗り、縄の輪を両手で大きな輪にして、ジッと見ています。そこへ、エプロン掛けしたデブッチョの奥さんが、駆けつけて、「なにをするんだよこのひとは!」と怒っています』
『○○○○』
さて、これからどうなると思いますか?
誰が見ても、縄の端っこを、クビが入る位の輪を作にし、直ぐに壊れて、こけそうな古びた椅子に乗って、縄の端っこに作った輪を持ち、直ぐにでも首を突っ込みそうなお父さんを目撃すれば、
「お父さんやめて!」
と怒鳴り、首釣りを止めるでしょう。
そうだったんです。この頃不景気だったようです。
それまで、自分で立ち上げ、今まで順調に経営してきた町工場が、時の総理が打ち出した政策が、上手くゆかず、世の中は不景気に見舞われていたのです。
この頃の経済政策の失敗で、町工場が真っ先にバタバタと倒産していきました。
それまで、順調に経営した男の人の工場も例外ではなく、折角、自力で立ち上げて、順調に来ていた工場も、全く利益が出ず、もうこれ以上経営できない、いわゆる
「ウチもにっちもさっちも行かなくなった」
状態になっていたのです。
通常、このような状態になったら、奥さんも、この状態を打開しようと、一緒に考えてくれるはず。
考えると、良い知恵が出ます。その知恵で再建できるかもしれません。
だから、先ず、協力して、知恵を絞り出すのです。
しかし、男の人が、認識している奥さんの性格は
「ドライ」
です。
このドライな性格は、怖いですね、何をするかわかりません。
このドライな性格は、男の人と同じように、家の町工場の現状を、もう駄目と考えると、
「わたしも一緒に死ぬは」
と言うことになるかもしれません。
しかし、奥さんは、男の人が自殺しそうな状況を目撃すると
「なにをするんだよ、このひとは!」
と止めに入りました。
さすが、共に頑張ってきた奥さんだ。
思いととどまらせて、それから、
「意気地なし、これくらいのことで首を括るなんて、私も一緒にいろいろ考えて、やり直しましょう」
などと、涙が出てきそうなことを言うのでしょう。
はたして、そうだったのでしょうか?
さて、『○○○○』はどうなったのでしょう。
矢張り、男の人が言うように、奥さんはドライでした。
と言うよりどうにもならない、阿保でバカでした。
『○○○○』は次の通りでした。
『駆けつけた奥さんは、男の人が踏みつけている新聞紙を見て、それを引っ張って、「きょうのシンブンじゃないか!つかうなら古いほうからつかって」と怒鳴っています。男の人は、さすがに、呆れて「まけた!」と縄の輪に首を入れるのも忘れ、呆れかえっています』
奥さんは、「自殺等は、止めて」と言うのでなく、椅子の上に拡げられた新聞紙を見て、今日の新聞だから、古い新聞紙と取り替えろと言って、取り返そうとしているのです。
それにしても、男の人が、自殺の時の踏み台にした、椅子の上に、何故、新聞紙を拡げたのでしょうか?
これを何故なのかと、いくら考えても判りません。
拡げたことに意味があるのでしょうか?
判りません。
椅子の上に新聞紙など拡げずに、直接、椅子の上に立ち、首を縄の輪に引っかけていれば、奥さんに見つからないうちに、思い通りあの世に旅立つことが出来たはずです。
ドライな奥さんに、今日の新聞紙を寄越せと言われて、新聞紙を渡して、首つり自殺は思い留まったのでしょうか?
呆れかえって、思い留まったのですから、ドライな奥さんの性格が、怪我の功名と言うのか、貴方を救ったのでしょう。