タヌキ(4-11)

良兵衛は、お種さんと仕立物を牛車から降ろすと、

「俺は、これから街の漬物屋に行く」

と言い残して、立ち去った。

お種は、仕立物を持ち、着物屋へと入り込み、衝立に囲まれた番頭机の前に座っている番頭さんと、先ほどから話がはずんでいる。

番頭は

『お種さん、仕立てていただいている着物が、大変、評判がいい。ますます注文も増え、全部引き受けることが出来ません。断るのも大変ですよ。私どもはお陰さまで儲けさせていただいています。こんなことならば、お種さんのような優れた縫い子さん達がいれば、もっとお店は繁盛するでしょう』。

お種は、

『お仕事いただいて、大変ありがたく思っています。私、もっと頑張って、仕立てを致しますので、私が頑張れる範囲でも仕事を受けて下さいませ』。

番頭は、

『いや、先日、お種さんのお婆さんが、家のお店に立ち寄られました。その時の世間話では、お種さんが、実は、戦で焼けてなくなった城下町にあった、名の有る呉服店のお嬢さんだったこと、お店には沢山の縫い子達を抱えておられたことなど、話しておられました』。

お種は、

『もう、昔のことでございます』。

番頭は、

『いや、そんな昔のことではございませんよ。人によっては、ついこの間のことかもしれません。お種さんのお店の縫い子さんの中にも、家を焼け出され、仕事もなく困っている人達がいるかもしれません。そんな人たちが集まり、手前どもの店を手伝っていただければ、皆さんも暮らしの助けになるでしょうし、不躾なことを言えば手前どもも大いに儲かります』。

更に続けて

『このお店の軒先に「訪ね人の札」を出させてください。そこには、昔のお種さんの呉服屋さんと「お種さんのお名前とお種さんが縫い子さんを求めている」と書かしていただきます。これが噂で流れて、万が一にでも、来てくれる人がいるかもしれません』

お種は、それを了承した。

 

良兵衛は、漬物屋が貸して呉れた軒先で、沢庵を切って乗せた皿を、台の上に並べて置き、傍らに、沢庵の樽を置いて、「美味しい沢庵を買いませんか」と売っている。

通りすがりの人達が、沢庵を摘まんで食べ、美味しいと言ってくれるが、買う人は殆どいない。

それでも、日が沈む頃までには一樽の沢庵は売れてしまった。

良兵衛は、こんな商売ができるほどの知恵が育っていた。

これも、お種さんと一緒に暮らすようになってから、身についてきた。

お種さんは、沢庵が売れてしまったのを、大変喜んでくれた。

良兵衛は、「かかぁに、もっと沢山の沢庵を漬けて貰って、売ることにしよう」と自分に言い聞かせている。

お種は、良兵衛の喜ぶ姿を見ると自分の事のように嬉しかった。