いじわるばあさん(6)

「いじわる婆さん」は、なにも意地悪をしていません。同情しただけでした。

 

文庫版「いじわるばあさん」()(1995年)

『バス停留所に、バスが来ました。前方のドアが開いて、制服・制帽姿の女の車掌さんが「発車します、お早くお願いします」と声をかけています。ハンドバックと風呂敷包みを持った恰幅のいい和服姿のご婦人が、駈けつけてきました』

 

『ご婦人が乗り込むやいなや、車掌さんは「オーライ」と叫びました。バスの座席はベンチ式のシートで、大きな風呂敷包みを、膝の上に乗せた、いじわるばあさんが、静かな表情で1番前に腰かけています。その横にスーツ姿のチョビ髭の太った紳士が、更にその横に、眼鏡をかけたサラリーマン風の人が腰かけています。乗り込んできたご婦人は、右腕にハンドバックをぶら下げ、風呂敷包みを手に持ち、車掌さんの声にせき立てられるように、左手で、吊革を、あわててつかもうとしました。』

 

『発車した勢いで、吊革が跳ねあがり、ご婦人は、吊革をつかみ損ない、倒れかかっています。座席に腰掛けている3人も、後方に体が傾きました』

 

『ご婦人は、風呂敷包みとハンドバックを投げ出し、倒れてしまいました。それを、いじわるばあさんは、「急に発車するからこわざんすね」と、ご婦人に、同情するかのように声をかけています。横に座っていた紳士とサラリーマン風の人は、無関心な顔をして腰かけています』

 

四駒漫画・いじわるばあさんです。

しかし、いじわるばあさんは、何にも意地の悪いことはしていません。

バスの急発進、オーライと言ったのも、倒れた御婦人を助けようとしなかったのも、全て車掌さんが悪いのです。

いや、車掌さんもご婦人を倒してやろうと意地悪したわけでもありませんが、発車「オーライ」で急発進した運転手さんが悪いのでしょう。

いじわるばあさんは、そのバスに乗り合わせただけです。

おばあさんは、倒れるご婦人を助けることは出来なかったでしょう、ご老体ですから、太ったご婦人を支えきれません、受け止めることなど、とてもできません。。

 

バスに車掌さんが乗らなくなり、ワンマンバスになったのは何時頃からだったでしょう?

古い時代、通勤バスの中にも車掌さんがいて、キップと現金が入ったバッグを提げ、キップを売り、カチャカチャとハサミを鳴らしてキップを切っていた時代がありました。

車掌さんは、「発車オーライ」と叫び、運転手さんはその声を聞いて発車していました。

だから、運転手さん自身が乗客の動きを確認せずに発車して、乗客が転ぶこともあったでしょう。

 

しかし、ワンマンバスの今、運転手さんは、乗り込んだ乗客の動きを、ミラーで、また、振り返って十分確認したうえで発車しているようです。

バス会社も車内での転倒事故を起こさないように、厳重注意しているようで、急発進する運転手さんを見かけたことはありません。

停車する時も、≪バスが止まってから、席をお立ちください≫と何回も、スピーカから、女性の声で繰り返し、呼びかけています。

車内での転倒事故は、発車時、走行時、停車時のいずれでも、絶対起こしてはいけないのです。

 

今回のいじわるばあさんは、何も意地悪をしていません、事態を冷静に見ていて、転倒したご婦人に同情しただけでした。