四駒漫画(285):テレビのある光景(45)
ニュースを伝えるアナウンサーの原点、元NHK今福アナウンサー、今、パフォーマンスが過ぎるアナウンサーが出る番組を視たくない!
文庫版37巻、昭和43年
『マスオさんが勤務している会社の事務室のようです。机が二つあり、一つの机の上は何もない状態に片付けられています。もう一つの机は、マスオさんの机です。片付けられた机の傍には初老のサラリーマン風のオジサンが、書類を沢山包んだ風呂敷包みを左手に持ち、手提かばんを脇に挟み、左手で椅子を机の下に押し込みながら、マスオさんに「長いことどうも!」と挨拶しています。これに対して、マスオさんは「今日で定年でしたか」と言っています』
『サラリーマン風のオジサンは、手提鞄を脇に挟み、風呂敷包みを手に提げて、首をうなだれ、ションボリと家に帰ってきました。すると、太った奥様が、両手を上げた、大げさ素振りで「お帰んなさーい」と迎えています』
『座卓の上にご馳走が並んでいます。その前に座っているオジサンはションボリと首をうなだれています。奥さんは「何よ、くよくよして」と言いつつ、テレビのスイッチを点けながらビール瓶を持って、注いであげよとしています』
『テレビの中に、四角い顔の初老のアナウンサーが「ニュースを申し上げます」と言っています。そのアナウンサーの机の上に[今福]と名札が乗せてありました。奥さんは、今福アナウンサーを見て、ハッとすまなさそうな顔に変わりました』
サザエさんの四駒漫画です。
定年退職は、避けられない人生の通過点です。
ここに、テレビに登場された、NHKの元アナウンサ-「今福」氏を思い出しました。
涼しげな声にも特徴があり、度々視ていました。
主に報道番組や教養番組の司会・ナレーションを担当されていたそうです。
「戦時中は、東部軍管区情報、空襲警報、各所における玉砕のニュース、広島への原爆投下、戦後はスターリン死去、安保闘争、新潟地震、連続航空機事故(全日空羽田沖墜落事故、カナダ太平洋航空402便着陸失敗事故、英国海外航空機空中分解事故)等、後年に語られるニュースを伝えられていたそうです。1960年代から放送された夜7時台のワイドニュース番組「NHKきょうのニュース」(現在の「NHKニュース7」)では、初代スタジオ司会者となった。それまでナレーションによる原稿読みだけだったニュース放送におけるアナウンサーの顔出し出演をNHKで史上初めて行い、1968年に定年(当時58歳)退職で勇退・降板になるはずで、当初の最終担当予定日には「それでは皆さん、さようなら」と挨拶した。
しかし、視聴者から「今福さんやめないで」という投書や意見が殺到したことから、急遽NHKは今福と2年間、今日の嘱託職に近い形で引き続き今福にキャスター業務を続投してもらったという」(参照:ウィキペディア)。
今の若い人は知らない、古い世代の人でした。
奥さんが「テレビの今福さん」を見て、ハッとしたのは、定年退職した今福アナウンサーが視聴者の要請で復職し、相変わらずテレビに出演しているのが、会社に引き留められることなく、首をうなだれて帰って来た旦那の落胆ぶりに「悪いものを視せてしまった」と思ったのでしょう。
NHKの古い時代の「今福アナウンサー」が出てきました。
懐かしい思いです。
テーブルの前に、毅然と座り、ニュースを伝えていた今福アナウンサーの姿は、現在の「みのもんたの朝ズバ」で、みのもんたが、テレビ局が多額の経費をかけて作った大きな紙芝居の前に立ち、伏せられた紙をはがして、ニュースを伝えようとする奇妙な姿を愚かしいものに思わせます。
宮根というアナウンサーもいますが、何となく同類項に見え、彼が出ている番組は視ないことにしています。