小学生の頃の大昔、修身と言う科目で、地震を題材とした話を学んだことがある。
今回の余りにも大規模な津波に驚かされて、その時の学んだ地震の話はどんなものであったのか調べて見ると、直ぐに判った。
この話は、イギリス人作家小泉八雲(ラフカディオハーン)の作品の一つであると知った。
学んだ話は、次のようなものであると思いだした。
『古より、日本の東北の沿岸地方は、地震または海底火山により引き起こされる津波により度々被害を被っていた。
ある村の庄屋である年老いた村長は、丘の上に屋敷を構えていた。
下の方には、田んぼが広がり、村人の家が点々と見える。
その先には、海がある。
ある時、大きい地震があった。村長は、大きな揺れに驚いて、家を飛び出して村を見渡した。
海の方に目をやると、海水がどんどんと引いて行く。
村長は、この異常な情景から、引いた海水は必ず戻ってくる。海水は大きな波となって打ち寄せると、己の知識から気付いた。
戻ってくるであろう海水は、下の方に点在する村の家々や村人を呑みこんでしまうに違いない、この異常事態に気づかない村人たちを助けなければならない。
屋敷に積まれた収穫したばかりの稲藁に火を付けて燃やした。
家人は、何をするんですか、気でも狂ったのですかと責めたが、下の村の村人たちは、敬っている村長さんの家が火事だと、鐘で知らせて、丘の上にある屋敷まで、駈けつけた。村長の私財を惜しまない行為により、村人は押し寄せる津波から救われた』
この記憶は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の「生ける神」の作品とほぼ同じであった。
ただ、小学生の頃、学んだ津波の印象は、沖の遠くで、地震で海底が割れ、その割れた海底に海水が流れ込み、浜辺から海水が沖の方に引いて行く様と、海底の割れ目から溢れる海水が、その後、高い白い波頭が長く続いて盛りあがり、浜辺に押し寄せ、その波に村が呑み込まれる様子を頭に描いたことを覚えている。
今回の津波を様々の報道機関が細かく報道している。
痛ましいのは、海にのみ込まれる村、人、離れ離れになった家族、寒さの中で避難所の中で過ごす人達の姿、家族の行方を尋ねる姿など、見ていて涙があふれる。
『特に、その前日に観光客をバスで運ぶ画像、その中でバスガイドが、高さ10メートルもある防波堤を誇らしげに紹介している。
その時の観光客は、その防波堤は、どんな津波が来ても防げると納得したであろう。
ところが、あくる日、そのバスが走っていて、観光客の目の前で、巨大な波が、昨日見た防波堤を、一溜まりもなく乗り越えて、家屋、車を押し流し、海水が街を破壊して行くのを目の前にして、その現実に驚いた悲鳴や姿である。』
何を感じたであろうか。自然のエネルギーと破壊力を突如思い知らされたであろう。
私自身、10メートルもある巨大な防波堤であれば、修身で学び、記憶していた津波くらいは、白い波頭が連なって押し寄せてきても、防げると想わされていた。
しかし、テレビで視た今回の津波は、そんなものではなかった。
まるで、大量の海水を、一気に、海底からぐっと持ち上げ、盛りあがった海水が、防波堤から、恐ろしい勢いで溢れ、強固な防波堤を越える。
溢れ出た海流が、街に流れ込み、全てを押しながす様子は、これまで認識していた津波の概念を一挙に変えてしまうものであった。
津波のことを周知しているものではないが、引き波の後、打ち寄せる津波と、今回の津波のメカニズムは、異なるものであることを思わせる。
この地震と大津波の莫大なエネルギーには、到底、人が逆らえるものではないことを思い知らされる。
このような大震災は、引き続いて起こるものではないであろう。
被災した人々とともに、我々日本人は、今回の震災に立ち向かい、必ず逞しく復興して行く姿を、支援してくれる世界の人々に示して欲しい。
修身に教科書に掲載された話は「稲むらの火」
と言うものであったらしい。
この小泉八雲の作品は、「生ける神」という名作であり、インターネットで容易に検索できます。
ご覧になることをお勧めします。