(80)北海道には、松前城、五稜郭および根室半島チャシ跡群がある。

 先ず、松前城:北海道松前郡松前町松代144にある。

 グーグルアースで検索する。森に囲まれた松前城が、クローズアップする。しかし、城郭と天守は明確でない。ウィキペディアで検索する。城郭構造は、平山城で、天守構造は、独立式層塔型3重3層であり、外観を復元した城がある。

本丸御殿、御殿玄関、石垣、土塁、堀などが残っている。

北海道に残る唯一つの城とのことで、堀端の石垣の上に建造された城は、それなりに、存在感がある。

 不明確な画像の中に、門と城が、ぼうっと見える。

 戊辰戦争で、北海道(蝦夷が島と言ったらしい。)の独立めざす旧幕府の軍(新撰組の土方歳三が率いていた、とある)との戦いで落城した、とのこと。

 次いで、五稜郭:北海道函館市五稜郭町本通り1丁目にある。

 城郭構造が、稜保式というらしい。珍しい。天守構造は、なし。土塁、石垣、堀などある。奇麗な五角形の堀に囲まれた城郭が、珍しい。

平成5年の9月1日から5日まで、バスツアーで、北海道を観光したことがある。

亡き妻の記録によると、その時のツアーは、概略、次のようであった。

1日目は、朝早く家を出て、12時過ぎに旭川空港に着いた。

バスに乗り込む。層雲峡に向かう。

途中、日産自動車のスカイラインのCMで、一時期を風靡した「ケンとメリの木」のある場所で、バスがとまった。駐車場が作られ、観光バスが立ち寄ることになっていた。

次は、ラベンダー畑が広々とある、美瑛町に行く、美術館らしい所に寄った。そこで、絵本を買わされた。

それから、層雲峡に向かった。層雲峡は、滝が見どころであり、川沿いに進み、途中、降りて滝を見物する。

このバス旅行では、バスの中で困った。前に座っている夫婦が、タバコをすぱすぱと喫い、煙をどんどん吐き散らすので、妻が嫌い、全く困った。

後ろの空いた席に移動したが自動喫煙が怖い、多分、今では、車中禁煙であろうと思うが、快適なバス旅行が出来ると思うと、申し訳ない。当時は、バス乗務員は、車中喫煙でも、全く、知らぬ顔をしていた。

2日目は、網走刑務所、釧網本線の花園原生駅、阿寒湖および摩周湖とまわった。摩周湖を見る。これが、マリモ、霧の摩周湖で知られる湖かと、沢山の観光客と共に眺めた。このバスツアーは、カニの食い放題が売りであった。確かに、カニが出てくるが、水っぽく、解凍したカニらしい。

3日目は、昭和新山に行き、火山と、そこに、もくもくと上がる噴煙を眺める。本当に、突然、噴火し、飛び出した火山の風景そのものである。熊園で熊を見る。

その日は、札幌、お決まりの見どころ、札幌時計台、大通公園。大通公園では、焼きとうもろこしに食いつき、ラーメン屋街でラーメンを食べる。ススキ野には行けない。

4日目は、キタキツネを見に行った。その後、大沼湖に行くスケジュールは、たまたま、台風のため、中止になった。ホテルが、海岸傍にあり夕食時、窓から見える海岸には大きな波が打ち寄せていた。

暫くして、暗くなり、バスで函館の夜景見物に連れて行かれた。まだ、風は完全に収まってはいなかったが、高台から見る函館の夜景は、キラキラとダイヤモンドを散りばめたように光り輝き、美しく見事だった。

5日目は、函館見物、朝市に行き、市場を見物する。近くに、お店があり、新鮮な「いかそうめん」を食べにいった。函館は、9月であったが、すでに寒く、妻は、店に吹き込む隙間風に、気分を害したらしい。

ガラス工芸品を販売している店舗に行って、お土産を買って、市電に乗り、五稜郭に行った。久しぶりの市街電車に乗った。

五稜郭を上から眺められる五稜郭タワーの展望台は、現在は2層となっているらしいが、その時は1層だけで、エレベータで展望台にあがり、五稜郭の跡を見た。上から見た城郭の五角形が、整って珍しく、榎本武揚が籠城した城は、ここにあったのかと、おもいあたった。当時、何かのドラマで榎本武揚という武将を知ったばかりであった。

その日の17時ごろ、大風の後遺症で混雑する新千歳空港から、多少遅れて、20時前に羽田に着いた。

以上のように、五稜郭は、目の前にした城であった。

 さらに、北海道には、100選に挙げられている根室半島チャシ跡群というのがある。

 チャシとは、始めて聞く名称であり。

グーグルアースでは、検索できない。

日本の城ではないので、ウィキぺディアを参照すると、

「北海道内に約700のチャシが確認されているが、根室半島 は特にチャシが集中している場所の一つであり、約30のチャシが確認されている。このうち24ヵ所が史跡となっている。 これらのチャシは16世紀 から18世紀 にかけて造営されたもので、道外の戦国時代 から江戸時代 にあたり、その当時の社会・経済・政治情勢と関連した遺跡である。ここのチャシの堀は方形に掘られており、これは最終的な形式のものである。

現在でも各チャシの堀は保存状態がよく遺構が確認できる。しかし、チャシ内にどのような建造物が建てられていたかは現在のところ不明である。

チャシは一般的には「砦」と考えられているが、見張場や聖地、談判の場としても活用されていたと思われる。」とある。

 名城100選と言うのがあることを知ったことと、グーグルアースで目的地に、直ぐに到達し、その地を細かく見ることが出来ることから、100選として挙げられている城を、見に行こうと思い立ち、100の城を巡って、ここに完了した。

 実際に現地で城を見るのではないが、グーグルアースおよびその他で城について知ることが出来た。

建造物としての城を見たいと言うのが目的であったので、城の歴史的背景については、深く追及しなかった。

城の歴史的背景を知ることの方が、寧ろ、有益なことであったかもしれないが、100もの城の歴史を全て調べるのは、厳し過ぎることである。

100選の城について巡ってみると、その中の幾つかに過去の思い出が、絡まってくる。これらの思い出を解きほぐしたところにも、意味があったと、思う。

                   (完)