(31)岡山県には、津山城、備中松山城、鬼の城および岡山城がある。

先ず、津山城から。津山城:岡山県津山市山下135。


早速、グーグルアースで見る。岡山県を蛇行して流れる一級河川・吉井川の奥の上流に、山に囲まれてある津山市(津山盆地)に、津山城がクローズアップしてきた。

津山城をグーッと更にクローズアップすると、見事な3層(いや4層かな)の石垣が見えてきた。

石垣は、CGで再現した姿を見せてくれるが、驚きである。堀はなく、平地に石垣を築いている。その石垣のスケールは、大規模である。

城郭の形式は、梯郭式平山城 。天守閣は、4重5階の独立型層塔形式であったそうだ。


ここの城も、明治 6年(1873 )の廃城令 により天守・櫓など他の建物も破却され天守台・石垣のみとなっているが、2005 に備中櫓が復元され、その櫓をグーグルアースは、立体的に見せてくれる。高く積まれた石垣の上の櫓が、古い写真に残された、名城と言われた津山城を偲ばせる。


(32)岡山県の次の城は、備中松山城:高梁市内山下1。


グーグルアースで見ると、高梁川の傍に聳える、標高430mの臥牛山頂上付近にある備中松山城がクローズアップしてくる。この城も、3DのCGで見せてくれる。天守は、国の重要文化財で、現存の天守を持つ山城としては、最も高い所にあり、天空の山城とも言われているとのことである。

この様に高い所に、石垣が4層に築かれ、本丸・二の丸・三の丸が階段状に配され、その最上層の本丸に石垣に囲まれた土台の上に天守閣が築かれている。


「現存する天守は、複合式望楼型2層2階で、西面に半地下のようにして付櫓(廊下)が附属する複合式望楼型天守である。現在は西面に附属する付櫓(廊下)に開けられた出入り口から入ることができるが、当初は、八の平櫓から渡櫓を経て天守へ至った。また天守に通じる石段は、敵の侵入を遅らせるために、直角に曲げられている。外観は、建物高さが約11mほどで、現存する12か所の天守の内では最も小規模であるが、最も高所にある。」とのことである。

腰板張りで1重目の唐破風出窓や2重目の折れ曲がり出窓など、縦連子窓を多用し、1重目屋根には、西面に千鳥破風、北面・東面に入母屋破風、南面に向唐破風が付けられている、と説明されているが、グーグルアースで方向変えて見る、3DのCDで示される天守は、この説明の通りであることが確認できる。

(33)さらに、次の城は、鬼の城である。鬼ノ城きのじょう)は、岡山県 総社市 の鬼城山(きのじょうざん標高397メートル)に残る神籠石 式山城。


グーグルアースで検索する。クローズアップしてくる鬼の城は、山の森林の中にあるようであるが、鮮明には見えない。

ウィキぺディアでは、「すり鉢形の鬼城山の山頂周囲を石垣・土塁による城壁が周囲2.8キロメートルに渡って取り巻く。城壁によって囲まれた面積は約30ヘクタールをあり、城壁の要所に、門、城外への排水機能を持つ水門を配する。門は東西南北4ヶ所、水門は6か所に確認されている。城の内部には食料貯蔵庫や管理棟などと推定される礎石建物が7棟、烽火場の可能性が指摘される焚き火跡、水汲み場、工事のための土取り跡などが確認されている。」などとある。

西門と言うのが復元され、フォトもある。そのフォトから、いかにも古い時代の古代の構造物の雰囲気である。

(34)岡山県の4番目に城は岡山城。岡山県岡山市丸の内2-3-1にある。

岡山城は、家族を連れ実家に帰った折、その帰路、立ち寄り、後楽園と共に観光したことをはっきりと思い出した。

黒く彩られた風格ある城として、他の城と異なる印象が残っている。

グーグルアースを検索すると、岡山城が後楽園と共にクローズアップする。改めて、画面上に表れる城と公園を見ていると、この様な地形であったのかと再認識する。

この城も、3DのCGで見せてくれる。一級河川・旭川および後楽園を後ろにした城郭の端に城が聳えている。昔は、城の前面に数多くの堀があったが、今は、埋め立てられているとのことである。

その黒い城姿から、「烏城」と呼ばれているようだが、フォトで見る城は、威風堂々とした男性的な印象を与えてくれる。この城は、お気に入りの城だ。後楽園も広くて美しい公園であった。

後ろを、この様な川と川に挟まれた敷地と、前を堀で固めた城は、強固であったに違いない。

いろんな方向から撮ったフォトが沢山ある。いずれを開いても荘厳な風格のある烏城が見られる。天守には、櫓が付いた構造だそうで、確かに、正面から見る城は、左右対象ではないのに気づく。

岡山県には、グーグルアースで見て、見ごたえのある城があった。