(28)広島県は、福山城、吉田郡山城および広島城の三つの城がある。

先ず、福山城から、福山城:広島県福山市丸之内1丁目

早速、グーグルアースで見る。JR福山駅の直ぐ近くに福山城の縄張りがある。この縄張りは、福山城に関するその他の検索では、昔は、福山駅周辺も含んでしまう広大な縄張りで、その周りには堀が巡らされていたらしい。

しかし、それらの堀は、すべて、埋め立てられたとある。そうすると、グーグルアースから推定される福山城の縄張りは、ここに見ているものより、ずっと大きいものであったのだろう。

天守閣も、フォトで見ると素晴らしく、福山城は、広域を占め、大きく堂々としたものであったろうと納得できる。

低い丘の上に、本丸があり、復興された天守閣があるようだが、グーグルアースではとらえることが出来ない。しかし、その天守閣を周りの位置から撮ったフォトでは、何れも威風堂々としている。

石垣も、各所にその痕跡が残されているようだが、それらの位置が、グーグルアースで見る縄張りの外にあり、このことからも、築城された時の城の縄張りが大きいものであっただろうと思う。

城郭は、輪郭式平山城で、天守閣は複合式層塔型5重6階だという。フォトは、美しく復元された天守であるとは言え、大きく美麗な城であり、近くで見上げたい気になる。

(29)広島県の次の城は、吉田郡山城。広島県安芸高田市吉田町郡山にある。

 広島市の、島根県寄りの隣の市・安芸高田市、江の川の傍らに小高い山の上に、この城があったらしい。

グーグルアースで見ると、郡山城跡、本丸跡などが示されるが、建造物はない。

ウィキディアでは、廃城され、島原の乱 の後にキリシタンの決起を恐れた江戸幕府 によって、石垣や堀などが破却されたとのことである。

城はない。

(30)さらに、次の城は、広島城である。広島城:広島市 中区基町21-1。

太平洋戦争末期まで残っていた天守は、原子爆弾投下 の爆発時、熱線に耐えたものの、その直後の爆風の衝撃波と圧力により下部2層が上部の重さに耐えきれず倒壊、間もなく上部3層も崩落し、大量の建材が天守台や北東の堀に倒壊したという、原爆の被害を被っている。

グーグルアースで検索する。クローズアップしてくる城郭(縄張り)、これは、美しい。縄張りは、正方形、幅の広い堀に囲まれている。

堀に囲まれて正方形の区画の一角に、広島城の天守閣がある。城郭構造は、輪郭式平城、天守構造は、複合連結式望楼型5重5階で復元されている。

この城も、沢山のフォトで見ることが出来るが、石垣の上に聳えるように写された画像の城は、威風堂々と、正に豪華な姿を見せてくれる。

グーグルアースでは、3Dであらゆる方向から映し出している。これも圧巻であり、楽しく見ることもできる。

この城の堀は、上からの見る形が整い、堀の幅は、これまで巡った城の中では最も大きいであろう。堀の中に築かれた石垣を見たく、画像を探した。

広島城には、沢山の石垣が残っており、これらの石垣は、もっとも古いもので400余前の毛利輝元が築城した頃のもの、新しいものでは、ごく最近の補修時のものが残っているとのことで、石垣の説明とフォトがあった。

石垣と天守とを、それらを水面に反映した、パノラマ写真は、広島城を一段と惹きたてる。見に行ってみたい城の一つだ。

広島は、観光した。そのとき、原爆ドーム、平和記念公園、広島球場およびこの城を回っている。その際、よく見ていなかったのが残念だ。