こんばんは🌜じゅんじゅんです。私はもうすぐ50歳になる普段は呑気な女のコです。この前の続きです。

東京の音楽の専門学校も卒業時期。私の子どもの頃の夢は保母さんと松田聖子ちゃんになること。でも、コンプレックスだらけの私はとてもアイドルになりたいなんて口が裂けても言えなかった。でも、劇団に入りたいと言うと母親が応援してくれ、オーディション受けて合格し、地元で就職しながら純子ちゃんは劇団に入ります。でも、対人恐怖症が治っていない純子ちゃんは挫折します。祖父が勧めてくれた仕事も挫折します。そして私は職安でこれだ!という仕事を見つけ、職員補助として知的障害児施設に再就職します。1年くらい働き、成人施設に移動になり、そこで理想の方と職場結婚して退職します。人生でいっちばん幸せでした。旦那さんのご両親もうちと違い、家庭的で私をちゃんと一人の人として見てくれました。子どもも3人授かりました。私たちの家も敷地内に建てました。ところが、私の大わがままで旦那のあの穏やかな明るいお母さんを怒らせてしまいました。私は暫く実家へ帰る事になりましたが、私を本当に受け止めてくれない実家でうまく生活出来る訳がありません。それに私は旦那の事が好きだったから旦那の側にいたかった。他にもいろいろありましたが、私の身勝手が原因で離婚になりました。重くなってしまいすみませんm(__)m。

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