恵里は、一ヶ月ぶりに一風館に戻ってきて

和也・優二・美穂の三人の子供達を見て、ホット一息ついた。

和也は、心から恵里が帰ってきて喜んだ。

そして、恵里は、優二と美穂を抱っこしてやると二人ともお母さんだと理解してるかのように喜んだ。

恵里も赤ちゃん二人を見てると自然に笑顔になる。

そして、これから産婦人科医になることを考えると気を引き締めなければと思った。

産婦人科の実態は、酷いものがある。

産婦人科医が、少ないこと、しかしこのセイント・ラグナロク病院では設備も医者の数が多いので問題はない。

石川は、恵里が産婦人科をやることを知るとちょっと驚いて

「どういうつもりかな?君が産婦人科をやるなんて、子供の影響か?」

恵里は、苦笑いして言った。

「改めて、産婦人科の現状を知っておきたいと思うからです。」

石川は、真剣に言った。

「なるほどな。私も学会で産婦人科の現状を話そうと考えてる。

君が、産婦人科にきてくれるなら、これほど心強いことはない。」

恵里は、そして、産婦人科に入った。

産婦人科は、恵里にとってはもっとも経験が薄いのだ。

それ意外の科の経験は、多いのだが。

恵里は、出産は全ての始まりにして生命の神秘を感じられる場所として、そして何より何かを生み出す場所として、そう神の領域の典型パターンが、産婦人科である。

もちろん、人の命と向き合い、患者を救い出すという意味では内科も外科も神の領域といっていいわけだが、産婦人科こそ全ての始まりであり、子供が生まれてくることそのものが、奇跡と言っていいのだ。

だからこそ、神の領域のもっともたるものが、産婦人科というわけである。

そして、この病院では家族を限定とした代理母出産を認めてる場所である。

人は、何故生まれ生きていくのか、それを考える場が産婦人科である。

つまり、全ての原点の中で今日わかることが明日わかるかもしれない昨日失ったものをまたつくり出せるかもしれない、それを考え続けることが、産婦人科医の使命なのだ。

恵里は、産婦人科医の重さを改めて考えて思い知らされるばかりだった。

恵里は、初めて代理母出産の患者を見た。

卵子と精子の受精卵を、患者の妹である、若干22才の女性に三つの卵を移植した。

その中で二つの卵が、着床した。

この姉妹は、歓喜の声を出して喜んだ。

卵子の提供者である、姉は26才の時、子宮頸癌になり子宮を摘出した。

そのため、誰よりも子供を望んだ夫婦なのに、子供ができなくなってしまったのだ。

姉妹は、本当に仲のいい姉妹で姉のことを誰よりも尊敬すらしてる妹は、代理母出産を引き受けたというわけである。

この患者は、順調に双子の子供がお腹の中で育っていった。

そして、自然出産で無事生まれたのだ。

家族の喜びは、本当に世の中に希望を与えるものだった。

代理母には、確かに生まれてくる子供の境遇、そして、親を子供は選ぶことができないという状況が、法律として認められない理由だが、だが、この姉妹のように話しがついてる場合は、親が、卵子と精子の提供者として正解になるわけである。

そう事前に、ちゃんと話し合った上で決めたのなら代理母出産は、不妊に苦しむ患者達にとって最終手段として必要であるというわけである。

もちろん母体を、何よりも考えなければならないという条件をクリアできればの話しなのだが。

高齢に、なればなるほど危険が増すのだから。

その点は、親権とともにちゃんと考えなければならないのだ。

だが、厚生労働省は本格的に改革に力を入れていた。

親権は、当然、卵子と精子の提供者である。

恵里は、一連の流れを一年間経験し、学会に報告した。

恵里は、北栄総合病院に戻り、匠からもらった膨大なデータをもとに研究した。

癌を100%治せる病気にするために。

そして、エイズ、そして、妊娠してる最中に結核が発病してしまった時の対策のために。

だが、もちろん研究だけが、できるわけじゃなかった。

恵里は、内科部長として学会にもでるようになり、東京中の病院とのつながりを大切にして、病気を治すことに成功していた。

そんな時、北栄総合病院に意外な人物が内科に運ばれてきた。

それは、田倉幹事長だった。

重い心臓病を、患っていた。

それだけではなく、肺結核にもなっていた。

そして、田倉は恵里を担当にするよう他の医者に命令した。