恵里は、病院に戻り医院長に介護現場の現実の厳しさを話した。

医院長は、がっかりしたように

「そうか。やはり蛙の子は蛙ということだな。」

医院長は、そう溜め息をついて言っただけだった。

医院長は、岩瀬のことを知りたくて自分を施設に送り込んだのだということがこの一言でわかったのだ。

恵里は、苦笑した。

その後で、下柳総婦長に呼び出された。

「上村さん、どうだった介護の現実は。」

「厳しいですね。介護現場は。」

その後は、小島に呼び出された。

「事務次官の娘は、厄介だったろう。

あの女は、事務次官の娘だからな。

父親の七光りで動いてるような女だ。

だから、好き放題やってるんだろうな。

日本が、理想の医療を成すには事務次官をどうにかしなければ、まず無理だろうな。

だが、事務次官という大物がいるからこそ諸外国は好きなようなことができないというのもあるんだがな。

おそらく、小山を潰せば日本の医療の信用は失墜することになる。

そうなれば、あらゆることに医療は支障をきたすことになる。

だから、奴を潰すわけにはいかない。

だから、アレクサンダー教授は小山を潰さないのさ。

だから奴には、関わるな。」

小島から、そんな事を聞かされるとは思ってなかったので茫然とした。

恵里は、石川と新井助教授にはありのまま話した、そして、小島に言われた事も。

石川は、言った。

「恵里ちゃん。

考えすぎるな。

いいか。考えすぎて仕事に支障をきたすようじゃ駄目だ。

いいか、君は命に関わる仕事をしているんだ。

いちいち、考え込んでたらきりがない。

それに君は、まだまだ半人前だ。

そんな君が、そんな事を考えなくていい。

今を、目の前にいる患者のことだけ考えるんだ。」

そう言うと、恵里の頭を撫でた。

新井助教授は、さすがは石川だと思った。

恵里は、今は患者のためにそれだけを考えようとそう思うことにした。

その頃小山は、一人の女に話しかけていた。

「上村恵里は、どうだった?」

「吉田さんが、真美さんが事務次官の娘と言った途端周りを率先して反発をするのを止めました。」

小山はニヤリとして

「そうか。さすがは上村恵里だな。

正面きってどうにもならない相手には、したたかに動く。

もっとも私の事を、あの小娘が事務次官であるということ以外のことを知っているかどうかはわからないがな。

お前は、内科に行って上村恵里のことを詳しく報告するんだ。

もし、私に歯向かう気がないのなら、三年経たずにアメリカに行かせて医者になってもらう。

ただし、歯向かう気ならどんな手を使っても潰す。

お前は、心して行け。

いいな?」

「はい。わかりました。」

ついに、小山が恵里に対する刺客を送りつけたのだった。

その頃、北栄総合病院には、元厚生労働大臣の松岡が内科に入院してきたのだ。

恵里は、動揺を隠せなかった。

晴美が、死んだ原因はそもそもこいつのせいなのだから。

三人の看護婦が、内科に入ってきた。

偶然にも三人は、恵里の知っている看護婦だった。

二人は、施設に恵里とともに行った二人で、もう一人はアレクサンダー教授に初めて会った時に、教授の助手として一流の看護婦として動いていた人物で恵里や美紀にいろいろ優しく教えてくれた人だった。

名前は、アイラと言った。

アイラは、恵里の顔を見るなり、「恵里ちゃん久しぶりー。」

と相変わらずの高いテンションだった。

恵里は、紹介した。

「彼女の名前は、アイラ・リチャードさんといって、私が看護大学時代ニューヨークに研修に行った際にお世話になった私が知る限り最高の看護婦で誰よりも尊敬する看護婦です。」

アイラは、言った。

「恵里ちゃん、そんなこと言われたら照れるわー。」

まんざらでも、なさそうな嬉しそうな顔で言ったのだ。

恵里は、あまりの嬉しさのあまり残りの二人を完全に取り残して二人は盛り上がった。

だが同僚達は、恵里の子供のようにはしゃぐ姿をみてホッとしたのだった。

恵里の、クールな姿を見るたびに痛々しく感じていたのだ。

だが恵里にとっても、アイラにとってもただの芝居だった。

理由は、簡単である。

施設に行ってから、間もないのに二人も恵里と一緒に施設に行った人達が来たということは、小山が恵里を監視するために送り込んできたということである。

両方か、もしくは一方はフェイクかどっちかであるとふんだのだ。

そしてアイラは、恵里を守るためにアレクサンダー教授直々の命令でやってきたということも。

アイラは、アメリカ副大統領の娘でもあるのだ。

つまり、小山に睨みを効かせることにもなるのだ。

二人きりになって

「アイラさん、相変わらず芝居が上手いですね。」

「恵里ちゃん、芝居じゃないよ。

私は、恵里ちゃんに会えて本当に良かったからだよ。

あと、私の父からの手紙よ。

あなたに、どうしても頼みたい事があるんだって。
あと、今日から私も一風館に住むからよろしくね。」

そして二人は、久しぶりに仕事を一緒にしたのだった。